第4章 麻に連るる蓬
『ほけんしつ』
炭治郎の身を案じ、理緒は保健室へ行くように促したのだが、
「行かなくても大丈夫だ」
と炭治郎の渋ること渋ること。
行く、行かないのやり取りを、すでに片手では数えられないほど繰り返していた。
お互いに全く譲ることなく、膠着状態である。
このままではテコでも動かないであろうと判断した理緒は切り口を変えることにした。
『あんしん』
「安心?」
『みてもらう』
「俺が珠世さん──えっと、保健室の先生に診てもらうと理緒は安心するのか?」
こくこくこく、と三度勢いよく頷く。
『あたまうった』
「いやだからそれは、大丈夫だと」
『しんぱい』
不安と申し訳なさが入り交じった表情を浮かべる理緒に、それで安心するならばと炭治郎は折れた。
「わかった。……そうと決まれば善は急げだ」
炭治郎が立ち上がり、理緒に手を差し伸べる。
理緒は胸の高鳴りを誤魔化すように、差し伸べられた手を素早く受け取り、立ち上がった。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
階段を二人でおりながら、炭治郎が呟いた。
「俺は、竈門炭治郎だ。炭治郎でいいぞ」
それを聞いた理緒は、声帯を震わせることのないまま、復唱した。
『炭治郎』
声が出ずとも小恥ずかしくて、頬が紅潮するのを理緒は感じた。
炭治郎は彼女の口の動きを見ていて、自分の名を呼んだのだろうと察して、微笑む。
「俺はなんて呼べばいい? 天春か?」
その問いに、理緒の顔が曇る。
繋がりたくなかった家族と繋がれた鎖を、嫌でも感じてしまうことから、理緒は苗字で呼ばれるのがあまり好きではなかったのだ。
かといって、下の名前で呼ばれることにも抵抗があった。心を開いてしまったようなものだ。
けれど炭治郎には、名前で呼んでほしかった。
そこに、深い意味などない、と理緒は自分自身に言い聞かせる。