第7章 夏の風 ―ユキside―
この場にいる全員が事情を理解した。
「見えなくなるんです、俺。自分のことしか。それが怖いんです。またあんな事件を起こしてしまうんじゃないかって…。現にまた俺は、自分を止められなくなるところだった…」
「でも、理由があったわけでしょ?手を出すことは良くないけど。暴力だから」
それまで静かに聞いていた王子が、声を揺らす。
「そうです。だから…これ以上みんなに迷惑をかける前に…、前に…」
カケルが何を言おうとしているかなんて、容易く見当がつく。
言わせるかよ、そんなこと。
「なあ。もう走り始めてんだよ、俺ら」
顔を上げたカケルが、目を丸くして俺を見る。
「今更させねーぞ。イチ抜けなんて」
「口より先に体が動く奴なのは大体わかってたしな」
俺に続く、先輩とキング。
「カケル、僕はカケルのことが大好きです。みんなも、ですよね?」
ムサはどこまでも真っ直ぐだ。
隣で微笑みながら頷く神童。
こんな寄り添い方、この二人にしか無理だろう。
それまで黙っていたハイジは、ようやく口を開いた。
「初めて会った時、俺はお前の走りに目を奪われた。感動した。こんなにも純粋な走りができる男がいるなんてな」
「俺は一緒に走ってて楽しいよ!」
「いや、俺の方がジョータよりもーっと楽しい!」
双子に同調するように、ハイジも笑う。
「俺もだ。楽しいよ、みんなと走るのが。心の底からな。
カケル、ゴールはまだまだ先だ。一緒に行こう。みんなで」
最初はハイジだけが見ていた夢。
今は、もう違う。
9人が揃って天下の険に挑もうとしている。
最後の1人は、カケル、お前だ。
「おーい!朝飯が冷めちまうぞーっ!」
勝田さんの大きな声が俺たちを呼んだ。
コテージのテラスから、舞とハナちゃんもこちらを眺めている。
話が纏まったところでミーティングは終了。
いい加減、腹が減った。
カケルへのあとのフォローはハイジに任せることにして、腹ごしらえに向かう。
今でも無謀な挑戦だと思う。
陸上初心者がほとんどの俺たちで、箱根を目指そうなんて。
影で笑う奴がいることも知っている。
反論のしようもない。
それでももう、引き返すなんて選択肢はない。
走り始めたからには走り切るのみ。
この、10人で―――。