第7章 夏の風 ―ユキside―
「勝田さん」
「お、おう」
「わざわざ東京からありがとうございます」
「いや…お疲れさん」
「改めまして、4年生の岩倉雪彦です。ご挨拶が遅くなって申し訳ありせん。実は今、舞さんとお付き合いさせてもらっています」
「ちょ、ユキくん!」
「……」
「俺、陸上始めたばかりで経験も記録も持ってませんけど、舞さんや皆さんの期待に応えられるように精一杯頑張ります」
俺を眺めたまま呆気にとられたように一瞬黙り込んだあと、勝田さんは豪快に笑い始めた。
「わっはっは!いやぁ、前うちに来た時そうじゃねーかと思ったんだが!こんな正面きって挨拶しに来るような奴だったとはな!」
「お父さん! "奴" とか言わないで!」
「気持ちのいい男じゃねーか!できる限りのサポートはしてやるからな!頑張んな!」
「はい。ありがとうございます」
取りあえず、ホッと胸を撫で下ろす。
練習もそこそこにうちの娘に手を出したのか、的なことを言われるんじゃないかと、密かに覚悟していたのだ。
「お父さーん!お姉ちゃーん!何してるの?みんなお腹空いてるって!早くごはんの準備しよー!」
「おう!今行く!」
ハナちゃんに呼ばれ、勝田さんはコテージの中へ入っていった。
「……ありがとう、ユキくん」
「はぁ。緊張した…」
「ほんとに?」
「そりゃ、彼女の父親に挨拶するんだから緊張すんだろ」
「 "彼女" …?何か、照れちゃうね」
恥ずかしそうに唇に手を添えて目を細める舞。
「すごく、嬉しかった」
そう素直な気持ちを口にして、ふんわり笑う。
舞のこういうところが堪らなく可愛くて、堪らなく好きだ。
「頑張らねぇとな、マジで」
さっきの勝田さんへの言葉は、ただ上っ面で言った台詞じゃない。
舞やハナちゃん、勝田さん、商店街の人たち。
ホームページを見て後援会に入会してくれた、姿も知らない遠くの誰か。
俺たち10人だけで走っているわけじゃない。
色んな人に助けられて、ここにいる。
この合宿次第できっと道は変わってくる。
走ることだけに時間を費やせる貴重な一週間だ。
今以上に、確実に力を付けなければ。
今日勝田家の三人に会って、俺は決意を新たにした。