第6章 願い叶えて
背けた顔がユキくんの手で引き上げられ、途端、遠慮のない深いキスが降ってくる。
応えられる隙もないくらい蕩けてしまう心と体。
丹念に口内を舐め上げ、上唇を優しく包み、髪を撫で、腕で強く抱き、最後に触れるだけのキスに変えて瞳で微笑んでくれる。
大切に思われてるんだって、その瞳を見ればわかる。
「そろそろ帰らねぇとな」
「…もう?」
「親が心配すんだろ」
「私、未成年じゃないよ」
「そりゃそうだけど。一緒に暮らしてる娘が夜出てったきりなかなか帰って来なかったら、心配するのが普通だろ?」
お父さんたちには、葉菜子が上手く言っておいてくれている気がするけれど。
確かに黙って出てきちゃったし…。
「また明日会えるじゃん」
「うん…」
「そんなに俺と離れたくねーの?」
「離れたくない」
ただただユキくんの言葉に頷けば、少し困ったように眉を下げて笑い、眼鏡をかけ直した。
「そういうこと言うと、悪い男に連れ去られちまうぞ?」
「……」
いいもん。連れ去られても。
ユキくんは悪い男じゃないし。
……なんて、心で思う。
でも今日は記録会でクタクタなはずなのに、こうして会いに来てくれた。
しかも明日も早朝から練習。
ユキくんには早く休んでもらわなくちゃ。
そう自分に言い聞かせて、我儘を飲み込んだ。
「いつでも会えんだろ?今日は帰ろ」
「うん」
ユキくんは大人だ。
私だけじゃなく、私の親のことも気遣ってくれて。
「でも。離れたくない、なんて。すげぇ嬉しいよ」
少しうつむき加減でいる私をユキくんが抱き締める。
「ユキくんは?」
「何?」
「どう思ってる?」
「そりゃあ…」
「私と同じ?」
「……。同じ。俺だって…いや、むしろ俺の方が必死に我慢してんだよ!ほら行くぞ!」
私の手を握ったユキくんはベンチから立ち上がる。
僅かに残った飲みかけのレモンティーをお互いに飲み干し、公園を後にした 。