第6章 願い叶えて
「よし。そろそろ行くぞー!」
ハイジくんの一声でみんなが円になる。
「箱根の山はー?」
「「「天下の険ー!!っしゃー!!」」」
箱根の山は、天下の険―――。
「箱根八里」という歌の一節。
文字通り、箱根の山の困難を詠ったもの。
みんなの士気を高める合言葉のようなもので、スタート前にはいつもこうして声を揃えている。
「っていうかさ、ハナちゃんは?」
「ああ、ごめんね。昨日友達の家に泊まったらしいんだけど、寝坊しちゃったんだって。さっき連絡があったからそろそろ来るんじゃないかな」
「そっか!来てくれるならよかった」
キョロキョロしていたジョージくんは嬉しそうに笑った。
葉菜子と城兄弟は仲が良くて、気づくと三人でいることが多い。
歳も近いしきっと話も合うのだろう。
『スタート、10秒前!9、8、7…』
スタート地点に並んだみんな。
緊張が走る中、私も固唾を飲んでその瞬間を待つ。
『4、3、2、1…』
パアァーンッ―――!
一斉に走り出した選手たち。
カケルくんは真っ先に先頭集団に躍り出る。
「本当に速いよね、カケルくんて」
「はい。素晴らしいです」
感嘆の声が漏れる私に、ムサくんが頷いた。
初めて会った時彼の速さに衝撃を受けたのは、私が陸上に関して丸っきりの素人だったから…ということではないらしい。
やはり、誰の目から見ても圧倒される走りなのだ。
走(カケル)という名前のとおり、風のように駆け抜けてゆく。
「ごめーん!スタート間に合わなくて!」
電車に乗り遅れたという葉菜子がようやく到着した。
全員揃ったところで、改めてレースを見守る。
「神童さん、様子見すぎじゃね?」
「前出ちゃった方が楽だと思うんだけどな」
「どういうこと?」
ジョータくん、ジョージくんの口から何やら難しい見解が…。
疑問を呈した葉菜子に、二人は説明してくれる。
「あの人、周りのペースに合わせちゃうとこあるから。疲れるんだよ、人のペースって」
「後に響かなきゃいいけど…」
「何か専門家みたいだね!」
「「え?んなことないよー!」」
「そんなことあるよー!」
葉菜子に褒められ揃って照れる、ジョータくんとジョージくん。
こんな三人のやり取りも何だか懐かしい。