第5章 頬を伝うのは…
明日は、東体大での記録会。
ユキくんと神童くんが公認記録に近づいていることは確か。
間近で見られないのは残念だけど、私の分も葉菜子に応援してきてもらおう。
[記録会、頑張ってね]
ハイジくんにメッセージを送る。
[ありがとう。頑張ってくる]
数分置いて返信があった。
私が練習を辞めると告げた時も、ハイジくんは気持ちを汲んで受け止めてくれた。
この際遠くからでもいい。
みんなのために、何かできる事はないのかな。
学校からの帰り道。
そんなことを考えながら駅の改札を抜け住宅地に入った。
公園から聞こえてくるのは、小学生くらいの子どもたちがはしゃぐ声。
その様子を眺めながら歩いていると、視界の隅にこの光景に馴染んでいない大きな体が映り込む。
「ニコチャン先輩」
「おう、久しぶりだなあ」
ベンチに背を預けていた先輩は、私が歩み寄ると少しだけ体を起こす。
「明日記録会なんだ。ちょっくら自主練をな」
「そうだったんですね。子どもたちを眺めて何してるのかと思いました」
「休憩してただけですヨ。不審者みたいに言うな」
「ふふっ、そんなつもりじゃ…」
「案外元気そうじゃねぇの」
ベンチから少し腰をずらして、私が座る分のスペースを開けてくれる先輩。
ゆっくりとそこに腰掛けた。
先輩は手にしていたスマホを少しだけいじった後、私の方へ体を傾ける。
「明日、来ねぇの?」
「行きません」
「どうして」
私は練習や記録会への参加を辞めた理由を説明した。
ユキくんへの気持ちはもうお見通しだろうから、敢えて言わないままで。
横やりも入れずただ相槌だけ打ちながら聞いてくれていた先輩は、私の最後の言葉の後、大きく静かに息を吐いた。
「それでずっと顔出さなかったわけか。ユキのこと、近くで応援しなくていいの?」
「記録会前の大事な時に、気持ち乱すようなことしたくないから」
「このまま会えなくていいのか?舞ちゃんが会おうとしなけりゃずっと会えないままだよな」
「それ…は…」
「ユキは4年生、あと1年しないうちに卒業だ。そしたらアオタケからも出ていく。下手したら二度と会えなくなるぞ?」
先輩が淡々と口にする台詞は現実そのもの。紛れもない事実。
的を得ているからこそ一つ一つの言葉が重くのしかかって、悲しい気持ちが止まらなくなる。