第5章 頬を伝うのは…
夕食後のリビング。
ソファーで雑誌を広げているところに、マグカップを持った葉菜子がやってきた。
「はい、お姉ちゃんの分」
「ありがと」
「今日ジョータくんたちに言われちゃったよ。舞ねーちゃんもう練習来ないのかなぁ、って」
「うん。もう行かないつもり」
私は、練習に参加するのを辞めた。
「ユキさんと何かあったから…?」
マグカップからは香ばしいコーヒーの匂いが立ち上る。
熱々のそれを手にして、ひと口啜った。
「何で葉菜子がそんなこと知ってるの?」
私と葉菜子は交代で練習に参加していた。
だから、ユキくんとの気まずい雰囲気なんて葉菜子が知るはずがないのだ。
「それは…ジョータくんとジョージくんが…」
そう、人づてに聞かなければ。
「それも理由、かな」
「え?」
「みんなに心配かけてる。私がいると気を遣わせちゃって、みんなにとっては余計なストレスだと思うんだよね。練習に集中できなくさせてたら申し訳ないもん。今は記録会に照準を合わせて集中しなきゃいけない時でしょ?」
「それは…そうかもしれないけど…」
「ユキくんのことも同じ。負担になりたくないの。今は、練習と記録会―――走ることだけ考えていて欲しい」
「わかったような、わからないような…」
葉菜子は不可解な顔をしながら自分で淹れてきたホットミルクを口にした。
「……ユキくん、頑張ってる?」
「うん。すごく順調にタイム縮めてるよ。もうすぐ公認記録出せるかも!」
「そう。良かった」
私は、もう離れる。
そもそも私がアオタケのみんなの手伝いをすることに決めたのは、箱根駅伝を目指すサポートができればと思ったから。
何がきっかけでその道に亀裂が入るかなんて、わからない。
私がその原因になるわけにはいかない。
私が練習に行かなくなってからひとつ朗報があった。
先日の記録会で遂に、ムサくん、ジョータくん、ジョージくんが公認記録をクリア。
ゴールの直後、葉菜子のスマホからわざわざビデオ通話で報告してくれた。
三人のとびきりの笑顔に嬉しくなる反面、間近でその活躍を見たかったというのも本音。
みんなに会いたい。
ユキくんに、会いたい。
そんなことを思ううちに、季節は梅雨に入った。