第5章 頬を伝うのは…
四六時中ユキくんのことを考えてしまう自分を何とか気力で押し込めて、バイトに集中してきた。
すっかり暗くなった帰り道。
疲れを抱えた体を引きずりながら家に向かう途中、鶴の湯から一人、男の人が出てくる。
「あれ、舞ちゃん」
「ハイジくん…」
「バイト帰り?後ろ、乗ってく?」
ハイジくんは自分が乗ってきた自転車を指差した。
「ううん。疲れてるでしょ?先に帰って」
気にかけてくれるハイジくんに力なく笑顔を返す。
「じゃあ送るよ」
自転車を引いて私と並んだハイジくん。
二人一緒に、商店街へ続く道を歩き出した。
「舞ちゃん、ユキと喧嘩でもした?」
「……してないよ」
「……そうか」
ハイジくんにも、…ううん。
アオタケのみんなにも、私とユキくんの不自然な距離感は気づかれている。
主に私に気を遣ってくれているのがわかるから、何だか練習に参加していても居たたまれなくなる。
「やっぱりみんな、おかしいと思ってるよね…」
「まあ、仲良さそうだった二人がろくに話もしなくなればな」
「ごめんね…変な雰囲気にして」
「俺たちのことより。舞ちゃんは?大丈夫?」
「……」
この数日色々考えて、思い当たることが二つある。
ひとつは、当のハイジくんには到底言えない。
付き合ってるって勘違いさせたんだ。私とハイジくんのこと。
記録会のゴールの時。そしてハイジくんが倒れたあと。
ハイジくんに二度も抱き締められた。
ハイジくんの部屋での出来事も、きっと見られてしまったんだと思う。
でもそれが理由だとしたら、私のことをこんなに避ける意味がわからない。
ハイジくんに気を遣ってるつもりだとしても、別に普通に話すくらいしてくれたって、いいはずでしょう?
だから、もうひとつの可能性が有力。
彼女ができたのかもしれない―――。
だから煩わしい女友達との付き合いなんて、面倒くさくなったのかも。
「私は…前みたいにユキくんに笑って欲しい…。何でもないことで笑い合って…ただそういう時間に戻りたい」