第3章 近づく距離
ようやく目が合うと、ユキくんは少し笑いながら私の頭を小突いた。
「変な顔してんなよ」
「変な、顔…?」
「まあ、普通の奴ならそこで投げやりになるんだろうけど?努力をドブに捨てるようなバカな真似、俺がするはずねーし?大学三年で司法試験受けて、見事合格してやったってワケ。まあまあ立派な息子だろ?」
「……」
「おい、笑うとこだぞ!」
「うん…」
ユキくんがお母さんの背中を見てきたように、お母さんだってユキくんのこと守ってきたんだもん。
ユキくんの気持ち、ちゃんと気づいてたと思う。
それに生活を支えてくれていたのはお母さんかもしれないけれど、そのお母さんの心を支えていたのは、きっとユキくんだよ。
余計なことを口にすると何もかも薄っぺらく聞こえてしまいそうで。
私の思いは心の中にしまって、ユキくんと同じように笑みを返した。
「あーあ、何でこんなこと喋っちまったんだろ…。ホントただのガキだよな…。カッコ悪…」
わかりやすくガックリ肩を落として、ユキくんは大きく息を吐く。
「カッコ悪いって、どこが?」
「うるせー…。こっちは落ち込んでんだよ。慰めろ」
慰めて欲しいって言う割に、偉そうな言い方。…なんて思わないよ。
また神妙な空気になるのを避けてるつもりでしょ。
ユキくんのこと、すこーしずつだけど、わかってきた気がするんだ。
「よしよし」
黒髪に手を伸ばして、ゆっくり優しく撫でてあげる。
「いっぱい頑張ったね」
幼い頃にお父さんを亡くすなんてそれだけでも辛いのに、お母さんを思いやって、労って、努力して、夢も叶えて。
今は、ひたむきに走っている。
ユキくんは自分が思ってるよりずっとずっと強くて、すごい人だよ。
何だか居心地悪そうに頭を撫でられていたユキくんは、私の手首を掴んでそれを止めた。
「も、いい…」
「うん」
気を取り直すように紅茶に手を付ける姿を見ながら、何か元気になれる言葉はないものか頭で思案する。
あ、そうだ。
いつも感じていること。
「私ね、ユキくんといると、すごく…」
そこまで言いかけて口を噤んだ。
続きを待つように、ユキくんは私を真っ直ぐ見つめてくる。
「何だよ?」
ユキくんといると、すごく…
"幸せ" ―――。