第16章 6区
その途中のことだ。
前方にいる観衆の中から、私のよく知る名前を叫ぶ声が聞こえた。
「雪彦ーっ!!雪彦ーっ!!」
「にぃちゃぁ〜ん!!」
「「「がんばれぇー!」」」
え…? "雪彦" って…。
もしかして……。
思わず足を止めた。
歓声を届けた家族は、涙ぐむ女の人を挟んで声を弾ませている。
「すごいすごいっ!ママ!にいちゃん、かぜみたいに、ブワ〜って!!」
「そうね」
「雪彦くん、頑張ってたな!」
「うん…」
小さな女の子を抱きしめながら何度も頷くその人は、年末の商店街で出会った女性だった。
寛政大のみんなのために御守りを贈ってくれた。
名乗ることはせず、控えめな笑顔で去っていった。
やっぱり、ユキくんのお母さんだったんだ 。
何故だろう。
私の視界も滲んでいく。
高校を卒業してからお母さんには会っていないと、ユキくんは言っていた。
あの涙は、4年間離れていてもユキくんを想っていた証だ。
再び走り出す私の足は、実に軽やかだった。
お母さんの声、ユキくんに届いたかな。
御守りのことを早く伝えたい。
そろそろニコチャン先輩に襷を繋ぐ頃合いだ。
どうかユキくんが、無事でいてくれますように―――。
息せき切って駆け込んだ小田原中継所では、6区を走り終えた選手や各大学の関係者が集まっていた。
寛政大学の待機場所にジョータくんを見つけた。
その傍らには、ブルーシートの上に座り、肩から毛布を被るユキくんの姿が。
「ユキくん!すごかった!!ユキくん!!」
私の声に気づいたユキくんが、微かに笑って小さく手を掲げる。
よかった…脚の故障とか低体温症だとか、大きな異変はなさそうだ。
「舞ねーちゃん!ユキさんほんっとすげぇよ!!あと2秒で区間賞だったんだよ!!」
「2秒…」
「たったの2秒なのにな……一生かかっても埋まらねぇよ」
「本当に、お疲れ様。ユキくん」
「わっ!!ていうかユキさん!!ち…ちち…」
「ち…?何だよ」
「血だよ、血!!足!!」
目を真ん丸にしながら狼狽えるジョータくんの視線の先は、ユキくんのシューズ。
パープルとピンクのそれには、本来あるはずのない赤色が染まっていた。