第16章 6区
―舞side―
箱根の山を下ってくる選手たちの様子を、スマホで食い入るように見ていた。
『真中大の筆村、寛政大の岩倉が特に快走を見せています』
はらはらと雪が降りる中、積雪の残るアスファルトを駆け下りて来るユキくんの姿が映し出される。
ユキくん…凄い…!
着実に順位を上げている。
それ以前に、山道でも臆することなく攻める走りを見せている。
初詣の日、ユキくんは初めてプレッシャーを口にした。
その重圧は計り知れなくて、どんな励ましをしても私がユキくんの気持ちを楽にできる気はしなかった。
ただ、ほんの少しでも緊迫した心を解せる瞬間があれば。
そう思って昨日マフラーを渡した。
そばにいられない代わりに、ユキくんの心と体を温めるのに役立てばと。
あとは、私にできることをする。
ユキくんを信じてここで待つこと。
レースを見守ること。
そして、必要な情報をユキくんに届けること。
「ユキくーんっ!!」
ユキくんは自分の身体の変化にも敏感だけれど、理論派だけあってデータも重要視している。
「寛政大は16位!!前に東体大と帝東大が並んでる!!トップの房総大は60分46秒で小田原中継所を通過!!」
山道を下り終え、こちらに走り込んで来るユキくん。
私の前を通り過ぎる瞬間、チラリとこちらを見て小さく頷いた。
その表情からは疲労が伺える。
どこか痛めたりはしていないだろうか。
今日の悪路で足のマメが潰れている可能性だってある。
会話ができないから真相を知る術もないけれど、目が合った一瞬のユキくんの瞳には、ひたすら突き進もうとする静かな闘志がみなぎっていた。
「ユキくーん!!行っけーっ!!」
追いつけるわけがない。
それでも私はユキくんの後を追って走り、叫んだ。
改めて思い知らされる。長距離選手の速度を。
厳しいトレーニングを積み重ね、コンマ数秒―――一度の瞬きで過ぎ去っていくような世界を競ってきた。
その結果があの速度であり、決して私が体験することのできない空間の中に選手たちはいる。
ユキくん。あなたは、私が尊敬する長距離選手の一人だよ。
例え追いつけなくても、私もこのまま走って中継所まで行こう。
幸いランニングはもう習慣になっている。
中継所まで2km弱の距離を、ユキくんがプレゼントしてくれたシューズで走る。