第16章 6区
母さんに楽な生活をしてもらいたかった。
身を削って働かなくても済むように。
今まで俺のために犠牲にしてきた時間を、今度は母さんだけのために使えるように。
それが俺のできる親孝行だと思ったし、母さんはずっと父さんを想い続けているものだと疑わなかったのだ。
誰も、何も悪くない。
当時、父さんが亡くなって20年近くが経とうとしていた。
母さんが父さん以外の誰かを愛して共に生きようとしていたって、それを責める理由なんてない。
母さんは母さんの人生を自由にしていい。
むしろ俺に縛られるべきではないと、十分理解していたはずなのに……。
高校生だった自分が再婚を受け入れがたく思ったのは、人生の目標を奪われた気になったからだ。
俺のせいで苦労した母さんを、俺の手で楽にしたかった。
どれだけ自分勝手な思考なんだ。
しかも当時の気持ちをこの歳まで引きずり、母さんに歩み寄るタイミングすら逃し続けた。
ずっと俺を気にかけてくれていたのに。
俺が想像した形じゃなくても、今母さんが幸せならそれで十分じゃないか。
旦那さん、優しそうな人だったよな。
一度会ったときは赤ん坊だった妹も、"にいちゃん" なんて言えるくらい大きくなって。
真冬の、しかも正月の箱根まで来てくれた。
たった一瞬通り過ぎるだけの、俺のために。
あそこにいたのは、温かなひとつの家族だ。
ごめん、母さん。
幸せそうでよかった。
頑なに積もっていた鈍色の雪が、溶けていく。
もうすぐ、終わりの時が来る。
悔しいけどなぁ、ハイジ。
俺、走るの嫌いじゃなかったわ。
ああ、綺麗だ、この世界は―――。