第16章 6区
「寛政大は16位!!前に東体大と帝東大が並んでる!!トップの房総大は60分46秒で小田原中継所を通過!!」
相変わらずしっかり仕事をこなしてくれる。
監督が指示を出せる地点は決まっているため、それ以外の場所で情報を得ることができるのはランナーとしてありがたい。
それにしても16位か…厳しいな…。
せめて両大学の背中を捉えるくらい、差を縮められたら…。
ほんの一時しか顔が見られなかったが、それでも十分。
舞が待っていてくれたことで、給水した時と同じくらい心身が潤っていく。
「ユキくーん!!行っけーっ!!」
舞の声が背中を押す。
ああ、行くさ―――!
俺の目指すゴールまで、全力で。
もうなり振り構うもんか。
舞の存在が起爆剤になる。
改めて脚を回転させた、その瞬間。
舞ではない、別の女の声が響いた。
「雪彦ーっ!!雪彦ーっ!!」
「にぃちゃぁ〜んっ!!」
「「「がんばれぇーっ!!」」
俺に向けて声援を送った3人を、目で追う。
母さん―――。
それに母さんの再婚相手と、半分血の繋がった妹―――。
「はぁっ…はっ…っ―――…!!」
こみ上げてくるものをグッと堪えた。
幼い頃に父親を亡くし、母子二人で生きてきた。
記憶から思い起こすことができない父親は、遺された写真でしか姿を知らない。
『雪彦、だんだんお父さんに似てきたわね』
時々母さんはそう言った。
嬉しそうに、懐かしむように。
そして、少し悲しそうに。
そう言われると、くすぐったいような気持ちになりながらも悪い気はしなかった。
俺に面影を重ねることで、まだ父さんの存在を喪わずにいるのだとわかったから。
母さんにとって楽な生活ではなかったはずだ。
俺を育てるため、毎日毎日、夜遅くまで働いた。
そばでその様子を見ていた分、同級生たちが遊びに興じている頃から俺は将来を見据えた。
高校は進学校に進み、弁護士を目指すことを決めた。