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淡雪ふわり【風強・ユキ】

第16章 6区



加速するスピードに不思議な感覚を覚える。
こんな世界を味わえることがあるだろうか。
山を下っているからこそ体感できる速さだ。

違う。

そうだ、カケル……。
カケルはいつも、この世界の中にいる。
それが山の下りでなくとも。
競技場のトラックでも、ロードでも、多摩川の河川敷でも。

あいつはいつでも、この美しくて寂しい世界にいるのか。
ぽつんと一人きりの世界を、カケルはどう感じながら走っているのだろう。
とても想像しがたい。
当然だが、その域に達することは俺には不可能だ。
今はただ、山の傾斜がカケルの速度を見せてくれているだけ。
だとしても、ほんの少しでもカケルの世界を覗くことができて良かったと思う。
あいつが走ることに没頭する理由が、僅かではあるが理解できた気がする。


山道も終盤に差し掛かってきた。
下り切るまでは滑って転倒しないよう、気を抜くわけにはいかない。
いくつものカーブで脚の運びを考えながら進んできたため、きっと負荷は俺が想像する以上だろう。
酷使し続けた脚が平地に入ってからどうなるのか、ほんのりと不安が過る。
ハイジからも忠告された。
ラスト3kmは、平坦な道でありながら上りのようにキツく感じられるはずだと。

ダメだ、呑み込まれるな。
これまで走ってきた自分を信じろ。
俺なら出来る、俺なら走り抜ける。
自分自身を暗示にかけるかのように、マイナスな思考は取っぱらい、スピードに乗りながら覚悟を決める。


山道を終えしばらくしたら、舞が待っている。
最後の難所で俺を見ていてくれる。


大学生活最後の1年は、勉強に費やした時間を取り戻す勢いで遊んでやろうと決めていた。
クラブ通いや合コンもその類いだ。
気の合う女がいれば恋愛も悪くないと思っていた。
ところが、想像していた生活とは全く違う1年になってしまった。
来る日も来る日も走って走り続けて、遊びなんてものとはほど遠い時間を過ごしてきた。

計算が狂った中で幸運だったのは、舞と出会えたこと。
そばにいてくれるだけでこんなにも心強いと思える存在が、今まであっただろうか。
励まされて奮起したことも、夢を共にしたことも、叶ったそれに抱き合って喜びを分かち合ったことも、全てが初めてだった。


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