第16章 6区
目の前には延々つづく上り坂。
足を運ぶたびに、地面から水音が響く。
止む気配のない粉雪が、静かに降り続ける。
予想どおり厳しい環境下でのレースだ。
前方を行く選手は、晴天のロードを走る時のようにスタートと同時にペースを上げていく。
(飛ばしやがって…。今日の悪路で持つのか?そのペース…)
内心でそいつを煽りつつ、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
周りに流されるな。まだ先は長い。
いや。長いどころか、これからが6区の難所なのだ。
視界の先のアスファルトが途切れた。
4kmの上りはここで終わり、遂に下りに差し掛かる。
『下りを乗りこなせるのは、お前しかいない』
俺を鼓舞するハイジの言葉が頭に浮かんだ。
『小田原で会おうね。待ってるから』
舞のエールも。
逃げ腰な走りでは勝負にならないと、誰よりも俺自身が理解している。
怖がるな―――。
傾斜が作り出すスピードに乗り、脚が勝手に前に進む感覚がする。
山に走らされるのではなく、ちゃんと自分の意思で走るんだ。
一歩一歩、前へ。
姿勢はどうだ?
自転車で坂道を下っているような錯覚すらしてしまう。
重心が後ろに行かないよう、意識して前へ傾けた。
左右にカーブする細い急坂が短い感覚でやってくる。
タイムロスを防ぐにはカーブでのコース取りが重要になるため、最短のインコースをスピードを落とさずに走るよう心がける。
ただこの走り方は脚への負担が大きく、最近ではそのリスクを指摘する声もあるという。
リスクは承知の上だ。
陸上経験1年にも満たない俺がこの6区で順位を上げるためには、守りの走りでは目標は叶わない。
溶けかけのかき氷のような路面においては、僅かに靴底が滑る。
足を取られないよう、グッと踏みしめながら進んだ。
ランニングウォッチを確認すると、下り始めてからの5kmは、1kmあたり2分40秒ペース。
(速いな…)
平地ではあり得ないスピードだ。
また、いくら下りとは言え経験者でない人間には速すぎるペース。
わかっちゃいるが、ここでスピードを緩める選択肢は俺の中にはなかった。