第16章 6区
舞の置き土産は、スタートの瞬間まで俺を温めてくれている。
今朝神童が言ったとおりだ。
「じゃあな。待ってろよ。すぐに行くから」
『うん。待ってる』
通話をオフにしてスマホをリュックに入れた。
そろそろ房総大がスタートする時間になる。
箱根駅伝2日目、復路の幕開けだ。
ここまでみんな、自分の限界まで努力をしてきた。
ハイジに強制されたからではなく、いつしか自分の意志で走るようにもなった。
もっと速く、もっと強く。
語らったことなどないが、きっと全員が同じ思いでいるはず。
誰か1人でも欠けたら、この場所に来ることはできなかった。
いろんな人に支えられながら叶えた夢だ。
箱根の地に辿り着いたからこそ生まれた、新たな希望の光。
それを見に行くため、俺は襷を次へ託す。
「一斉スタート行くよー!各大学、スタートラインへ!」
今年の一斉スタートは、寛政大を含めた5チーム。
遂に、俺が勝負する時が来た。
「付き添いサンキュ、神童。行ってくる」
「目指せ区間賞!ですよ!」
「はいはい。まだ言うか」
ベンチコートを脱ぎ、舞のマフラーも外す。
他の荷物と一緒にそれを神童に預け、ユニフォームひとつになった。
気温はマイナス3℃。
ウォーミングアップをしても、体の芯に沁みる寒さは拭えない。
身に着けた襷を握り、呼吸を整える。
「大手町で!」
スタートラインに向かう俺の背中を押すように、神童の声がぶつかった。
「大手町で!」
同じように、俺も返す。
「よし…!」
前だけを見据え、定位置に並ぶ。
他の選手の様子はここに立ったらもう気に止まらない。
俺自身が、俺の走りをする。
「位置について。よーい…」
パアァーンッ―――
初めての箱根駅伝。
それと共に、今日で終わる俺の陸上生活。
最初で最後の一歩を踏み出した。