第16章 6区
ストレッチをして体を解したあと、旅館の外周を走る。
薄く積もった雪と霧とでもやがかかる中、白と黒の世界を一人きりで。
ジョグを終えて旅館の玄関先に戻ると、預けていたマフラーを神童が差し出した。
「せっかく温まった体が冷えちゃいますから」
「ああ」
「舞さんのですよね、そのマフラー」
ライトグレーのそれをグルグル首に巻きつける俺を見ながら、神童は微笑む。
「首が寒そうだからって、昨日貸してくれたんだよ」
「愛されてますね」
「え?」
「スタートの瞬間までユキさんを温めてあげたいっていう、思いやりじゃないですか?」
「……そっか」
あまり深いところまで考えが及ばなかったが、そう言われるとそうなのかもしれない。
舞は箱根駅伝出場が決まってから、大学で募ったボランティアの学生と共に雑務を請け負ってくれた。
移動、宿泊などにかかる金銭的なことから、当日の役割分担まで。
監督が指示を出せるポイント以外でも、走者がレースの情報を得ることができれば有益だ。
10の区間のそれぞれに伝達係を割り振り、ハイジと相談しながらその配置も検討していた。
幸い学生ボランティアだけでなく、商店街の人たちも快く協力してくれることになったため、人員に困ることはなかったようだ。
寛政大は10人しかいない代わりに、周りの人たちには本当に恵まれてきた。
舞の存在は、その中でも俺にとって特別。
ここまでずっと支えてきてくれた。
6区に挑む俺への想いを、神童の言葉で気付かされるとは。
どうやら俺は、自分が思う以上に目先のレースのことでいっぱいいっぱいらしい。
「約束したんですよ、舞さんと。今日のスタートはそばにいられないから、"ユキくんのことよろしく" って」
いつの間にそんなやり取りを…。
二人が案じているとおりだ。
我ながら情けない。
「……本当のことを言うと、まずいくらい緊張してきた。できることなら逃げ出したい」