第16章 6区
―ユキSide―
『6区、ユキ』
ハイジから区間エントリーが発表された日。
箱根の山道を下るのは自分なのだと、改めて大きなプレッシャーがのしかかった。
もちろん箱根駅伝に出場する以上、どの区間を走ることになったとしてもその重圧からは逃れられない。
しかし5区と6区は長距離に渡る傾斜に加え、標高差、氷点下前後を示す気温など、普段のトレーニングでは補えない点が多い。
六道大のような常連校であれば学内に最新の設備が揃えられ、高地トレーニングのために海外遠征することも可能だ。
一転こっちは出来たてホヤホヤ、来年があるかどうかもわからない、ひよっ子チーム。
そのチームに大学が遠征費用を出してくれるかといえば、そうではない。
『ユキは剣道をやっていた影響か、体幹の強さ、重心の安定感がチーム随一だ。あれだけの急斜面を駆け下りるとなると普通はへっぴり腰になるものなんだが、終始姿勢が安定していた。箱根の下りを乗りこなせるのは、お前しかいない』
ハイジは俺を6区に選んだ理由をそう語った。
事前に5区、6区にあたる山道を試走した時の走りが、ハイジの中で決め手になったようだ。
素人軍団が箱根出場にまで漕ぎつけたその功労者はハイジに他ならない。
俺でも走れると踏んだ、あいつの判断を信じたい。
……いや。
今日は、俺が俺自身を信じるしかない。
寝たのか寝ていないのかよくわからないうちに迎えた、夜明け前。
緊張のためか、目が覚めた瞬間から頭は冴えていた。
まだ光の気配もない部屋の中、布団を抜け出しカーテンの隙間から外を覗く。
木々や地面には薄っすら白い雪が積もっており、そこに吸い込まれるように静々とそれは舞い続ける。
神童と監督を起こさないようジャージに着替え、物音ひとつしない廊下へ出た。
誰もいない食堂では、時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。
エアコンの効いた空間で体を温めつつ、新聞に目を通す。
そこに綴られている箱根駅伝についての記事が、改めて厳しい現実を突きつけてきた。
「おはようございます」
背後から響いた聞き慣れた声に、紙面を閉じる。
「寝てろって」
就寝時には平熱に下がったものの、病み上がりの体にはまだ休息が必要だ。
そばに歩み寄る神童を部屋へ促そうと試みるが、どうやらこいつにその気はなさそうだ。