第14章 スタートライン
『とりあえず、まだ時間に余裕はあるからもう少しだけ寝かせておく』
「私、看病に行くよ!今からアオタケに…」
『いや。あいつのことだから、自分の体が辛くても舞に気ぃ遣っちまうと思うんだよ』
「それは…そうかもしれないけど…」
『せめて集中させてやりたいから、神童に付き添うのは俺だけでいい。その代わり、頼みがある』
「…何?」
『ハイジと一緒に、王子を送り出してやって欲しい』
「……王子くんを?」
『ああ。走り切った王子のことも、迎えてやって欲しい』
「……」
『王子なら絶対、這ってでも鶴見まで来る。頼む、待っててやってくれ』
「わかった」
神童くんの容態が少しでも好転するよう祈りつつ、通話を切った。
時計を確認する。
王子くんのスタートに間に合うよう到着するにはギリギリの時間だ。
逸る気持ちで家を飛び出し、早朝の冷ややかな風を受けながら駅までの道を走った。
大手町の読売新聞本社前は、各大学の選手と関係者でひしめき合っていた。
スマホに繋ぎ、イヤホンから流れてくる音声で出発前の選手たちの状況を確認する。
既に道路に出てスタートに備えているランナーたち。
その姿を横目に周辺を見回してみるものの、寛政大学の待機している位置がわからない。
ハイジくんに連絡を入れて居場所を確認したあと、人だかりを掻い潜って進んだ先にようやく二人の姿を見つけた。
「はぁっ、王子くん…!」
「……舞さん?」
ここに来る予定ではなかった私が現れたせいか、大きな瞳を見開く王子くん。
「ユキだろ?間に合ってよかった」
どうやらユキくんの計らいだということはお見通しらしい。
呼吸を整える私を見て、ハイジくんは労うようにポンポンと肩に手を置いた。
王子くんがベンチコートを脱ぎ、ユニフォーム姿になる。
肩に掛かっているのは寛政大学のチームカラーである、黒の襷。
ハイジくんは皺を伸ばしてそれを整える。