第14章 スタートライン
一ヶ月前。
ハイジくんから区間エントリーが発表された。
1区を走るのは、王子くん。
ハイジくん曰く「最注目のあの場所に立って、無神経なほど動じずにいられるのは王子だけ」だそうだ。
度重なるプレッシャーを超えてきただけでなく、走る力を十分に蓄えてきた王子くんなら絶対に大丈夫だと、私も思う。
スタート地点の大手町から鶴見中継所までが、1区。
スタートに付き添ったハイジくんは、その後電車移動をして鶴見に先回りし、王子くんを迎える手筈になっている。
王子くんがスタートする頃、私はユキくん、神童くんと共に箱根方面・小田原へ。
箱根の山である5区のランナーに選ばれたのは、神童くん。
標高差が860m以上あり気象条件は厳しく、脱水症状や低体温で棄権する選手もいる。
走力だけでなく、強い精神力が必要となってくる区間。
神童くんが5区のランナーに選ばれた時、誰も異議を唱えないどころか、むしろ彼以外に適任者はいないだろうと全員が納得したらしい。
王子くんで始まり、神童くんで終わる往路。
今日の最終ランナーである神童くんを、笑顔で送り出したい。
出発の準備は整えた。
そろそろ家を出て、ユキくんたちと合流しなくては。
そう考えていた時だった―――スマホの着信音が鳴ったのは。
『舞、悪いが予定変更だ。行き先を変えて欲しい』
神妙な雰囲気のユキくんの声が、私の耳に届く。
何だか胸騒ぎがして、恐る恐る尋ねる。
「どうしたの…?何か、トラブル?」
『神童、熱がある』
「…っ、熱!?」
『昨日から体調崩しててさ、今朝になってみたら…』
「……どんな状態なの?」
『立って歩くのもやっと、って感じだ』
「そんな…。ハイジくんは、何て?」
『神童の意思を尊重するって。 "走れ" も "やめろ" も言わねぇ』
「神童くん…は…?」
『……走る気でいる』
万全の状態で臨んだとしても厳しい局面が続く、箱根駅伝。
その中でも特に心身への負荷が激しい5区。
発熱している状態で走るなんて、どう考えても無茶だ。