第14章 スタートライン
「1分前!選手は並んで!各大学の付き添いの人は、後ろに下がって!」
一歩踏み出した華奢な背中に向かって、エールを送る。
「鶴見で!」
「待ってるからね!王子くん!」
私たちの声で振り返った王子くんは、これからスタート地点に立つとは思えないほど穏やかな顔をして笑った。
ぼやけて見えた夢はいつしか明瞭な目標を描き、現実となった。
ここに辿り着くまで、みんなどれだけ苦しい思いをしただろう。
諦めてしまえば楽だったはず。
どこかで道を絶ってしまえば、他に時間を費やすこともできたはず。
けれども、誰一人としてその選択をすることはなかった。
ハイジくんの温めてきた想いが。
走ることへの憧憬が。
みんなをここへ連れてきた。
今となっては、ハイジくんと同等の熱情を胸に秘めて。
王子くんが、スタートラインに立つ。
『時刻は7時59分。間もなく東京箱根間往復大学駅伝競走、スタートの時です。歴史に新たな一ページを刻むのは、どの大学か。襷を着けた21人のランナーが一陣の風をその身に纏い、箱根路を駆け抜けます』
接続したままのスマホから、アナウンサーの声が流れてくる。
『その風は果たして追い風か、向かい風か。最初にこの大手町に戻ってくるのは誰なのか。
栄光に向けて、今、スタートしました!』
寛政大学にとって初めての箱根駅伝が、幕を開けた―――。