第14章 スタートライン
「やだ!撮るなら言ってよ!」
「カメラ目線じゃない方がいい表情してたりするもんだろ?ほら、美味そうにおしるこ啜ってる」
「何か恥ずかしいし…。一緒に撮ろ?」
「後でな。自撮りだと折角の着物がろくに映んねぇじゃん?だからとりあえず大人しく撮られてくれ」
「…どんな格好したらいい?」
「任せる」
「じゃあ…」
ふと思いついたポーズを取ってみた。
拳を作り、腕を頭の真上まで伸ばす。
「なんだそれ。ウルトラマン?」
「 "天下の険" だよ!いつもみんながやってるヤツ! 」
「ブハッ…!分かりにくいわ!」
「笑わないでよ!一人で恥ずかしかったのに!もう撮らせてあげない」
ふいっとそっぽを向く。
その数秒後、ユキくんがそっと私の手を握った。
拗ねた私のご機嫌取りかと思いきや、視線を斜め下に落として目を合わせようとしない。
「…俺、すげぇ緊張してる」
「……」
「もし、俺が襷を止めたりしたら…なんてさ」
気づかなかった。
あまりにもいつものユキくんと変わらなかったから。
重圧がかからないわけがないのに。
振り返ってみたら、ユキくんがプレッシャーを口にしたことは一度もない。
ハイジくんやニコチャン先輩の前でならもしかしたらあったのかもしれないけど、少なくとも私にはそういう姿を見せたことはなかった。
初めて、寄りかかろうとしてくれている。
思わずユキくんの体を抱きしめた。
「ユキくん、一人じゃないよ。みんながいるし、私もいる」
「…ああ」
「それに、努力を積み重ねてきた今日までのユキくんもいる。ずっと見てきたからわかるよ。ユキくんは自分の壁を超えてきた、凄い人」
自信を持って、とか。
ユキくんなら大丈夫、だとか。
月並みな励ましは頭に浮かんだ途端に消えていく。
今は、そういうぼんやりとした言葉ではなくて…
「小田原で会おうね。待ってるから」
ハイジくんが決定した区間エントリー。
ユキくんが走るのは6区、2日目復路の第一走者。
箱根の芦ノ湖から小田原中継所まで、約20.8kmを駆け下りる。
箱根の山は、天下の険―――。
まさにその天下の険を山下りするのだ。
私が2日目に応援するつもりでいる場所は小田原の沿道。
例えどんなに時間がかかったとしても、ユキくんが現れるのを待っている。