第14章 スタートライン
年の瀬の商店街はいつにも増して混雑している。
店番に配達と忙しく過ごしているうちに、時計の針は昼を示した。
自営業であるが故に、両親は昼の休憩もままならず仕事をすることがほとんど。
来年は私も仕事で忙しくなるのだろうし、こんな風に手伝いができるのも恐らく今年で最後だ。
今日は年賀状の投函を頼まれたため、客足が途切れた合間に急いで郵便局へ向かった。
歩いて数分で目に入ってきた赤いポスト。
そこに、よく知った彼が近づいていくのが見える。
鞄から白い封筒を取り出して、宛先を確認しているのかそれにジッと視線を落としたあと、丁寧にポストへ入れる。
「ムサくん」
「あ、舞さん。こんにちは」
「こんにちは」
穏やかで仲間思いで何だかロマンチストなムサくんとは、知り合ってすぐの頃から気負わず話すことができた。
日本語は堪能。私ですら使わないような難しい単語を時々口にすることもあって、ただただ感心してしまう。
「手紙?」
「はい、祖父母に。パソコンに疎いのでメールが難しいようで」
「そっか」
遥か遠いタンザニアからたった一人で日本に留学してきたムサくん。
アオタケのみんなとはすっかり馴染んでいるから、ふと忘れそうになる。
家族や友達、大切な人たちと、ずっと離れ離れで暮らしていることを。
「ムサくんは凄いね。こんなに遠い日本まで、一人きりで」
「最初はホームシックになりましたよ。言葉も文化も全く違いますしね」
「そうだよね…」
「でも、離れてみて気づいたんです。会わないでいると、色んな瞬間に彼らのことを思い出すんです。
綺麗な景色を見れば、今度は家族と一緒に見たいと思う。美味しいものに出会うと、もし友人に食べさせたらどんな顔をするだろうかと想像する。
日本で過ごした時間だけ、土産話が抱えきれないほど増えていくんです。次に会える時がもっと楽しみになるでしょう?素敵だと思いませんか?」
「…そんな風に考えてたんだ、ムサくん」
凄いな。
塞ぎ込んだ気持ちを立て直し、尚且つ前向きに捉えようとするのは簡単なことじゃない。
強いよ、ムサくんは。
「アオタケのみんなに出会えたおかげですけどね。僕にとっては、日本の家族ですから」
そう言って、少し照れたように笑った。