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淡雪ふわり【風強・ユキ】

第14章 スタートライン



これまでの努力を発揮できるように。
襷をアンカーまで繋ぐことができるように。
10人それぞれが、最後まで無事に走ることが出来るように。

あの女の人が誰なのか。
答え合わせはできないままだけど、選手一人一人を案じて贈ってくれた御守りだということだけは確かだ。
去り際私たちに残していった笑顔からも、それは感じられた。

今は、大切にその気持ちを受け止めたい。

「嬉しいよな。ますます頑張ろうって、気合い入った」

「うん」

思いはちゃんと、ユキくんにも届いている。
星が瞬き出した空を眺め、束の間のお喋りを楽しみながら家に向かう。

あと10分もすれば手を振る私たち。
最近は、この日々が終わってしまう寂しさがふと心に影を落とす。
走る姿を目で追い、自転車で先導し、ストップウォッチの数字と睨めっこ。
悔しさを滲ませた背中をそっと見守り、成し遂げた後の煌めく瞳に拍手を送って―――。
時に躓きながらもそんな毎日は輝いていた。
みんなと当たり前のように交わしてきた「じゃあな」「またね」を繰り返す日常も、残り少ない。

宝物のような日々を、この愛しい時間を、噛み締めていたい。



「じゃあな」

「うん、また。暖かくして寝てね」

「おう。…あのさ。初詣、一緒に行こう」

「初詣?アオタケのみんなで行かないの?」

10人揃って必勝祈願、なんて、ハイジくんなら計画していそうなものだ。


「みんなとも行くけど。俺は、舞と二人で行きてぇの」


出会ったのは、薄桜の優しい色が街中に溢れていた春の頃。
咲き誇っていた花が幻だったかのように、今はじっと寒さに耐えている剥き出しの幹枝。
季節は巡ってきたけれど、ユキくんは変わらない。
初めて会ったあの日も、こんな風に自転車を引いて足並みを揃えられる速さで歩いてくれた。

目の前に重大な局面が控えていてもそれは同じ。
ゆっくり、ゆっくり。
「一緒に行くぞ」って言っているみたいに。
手を繋いでいなくても、まるで手を繋いでいるみたいに。
私に安らぎをくれる人。


「うん。行こう、初詣」


この街でユキくんとの思い出を作ることができるのもまた、あと少し。
寂しさに囚われないように、私は大きくうなづいて笑った。


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