第14章 スタートライン
ハイジくんは観察眼に長けているし、思いつきでこんなことを言う人でもない。
確証はないにしてもそれなりの根拠はあるようだ。
「入学当時アオタケに住んでいたのは、俺とキング、先輩、ユキの4人だけだ。キングと先輩は長期の休みになれば普通に帰省しているから、家族仲は問題ないんだろう。となると、訪ねて来たはいいけど会わずに帰るって、ユキの母親としか思えなくて。昨日名乗らなかったのも、遠慮というよりは存在を知られたくないような雰囲気だったしな」
ユキくんの、お母さん…? 本当に?
似てはいなかった…けど、ユキくん曰く顔はお父さん似らしいし。
あ、でも。
雪みたいに白い肌は、そっくりだった。
「俺からユキに何か言うつもりはないよ。ただ、舞ちゃんには知っておいてもらった方がいいと思って」
「うん。ありがとう」
地図を畳むと、ハイジくんはもう一度水分補給したあとみんなの元へ歩いていった。
本当にユキくんのお母さんかどうかもわからないのに、動揺させるようなことを言わない方がいい。
ただハイジくんの話を踏まえて思い返してみると、確かに素性を知られたくないような素振りだった。
考えれば考えるほどユキくんのお母さんとしか思えなくなってくる。
ユキくんがお母さんと会えずにいるのは、恨みだとかそういうものではない。
新しい家庭を築いているお母さんに対して距離を測りかねているからだ。
それなら、御守りが関係を修復するきっかけになるのでは…?
とは言え箱根本番までもう日も少ないし、心身ともにコンディションを整えておかなければならないこの時期に波風立てるのも…
「舞」
ビクッと肩が跳ねる。
いつの間にかユキくんが私の背後に立っていた。
「…はい?」
「何ボーッとしてんだよ。帰るぞ。送るから」
「うん」
リュックを背負っていることから、ユキくんは既に帰り支度を済ませていることがわかる。
私も慌てて自転車を取りに行き、その隣に並んだ。
そこで、気づく。
「御守り…」
「え?ああ。後援会の人がハイジに贈ってくれたらしくてさ。しかも選手全員分」
リュックのジッパータグに結ばれた藍色の御守りが、ユキくんの背中でゆらゆら揺れている。