第14章 スタートライン
すっかり暗くなってしまった野外。
グラウンドだけが光々としたライトで照らされる中、日が落ちるまで続いたトレーニングが終わった。
みんなは雑談を交えながらストレッチをしている最中だ。
明日、明後日と、私は練習に参加できなくなる。
本番の給水要員を陸上部の短距離チームが引き受けてくれることになったらしく、そのリハーサルをするのだとか。
合同練習は大学の敷地内で行われるため、陸上部の正式な関係者でない私が立ち入るわけにはいかない。
残念だけれど仕方がない。
それにしても、こうして箱根駅伝に関わるまで知らなかったことが沢山ある。
給水の件から始まり、当日の移動に使う電車やタクシー、車の手配。
それから2日目に備えるため、旅館やホテルの予約。
各中継所の人員配置に加え、復路ではタイム計測だけではなく往路のタイムを合算しての順位の割り出しまで必要となってくる。
「舞ちゃん、ちょっといいか?箱根当日の動きのこと、確認しておきたいんだけど」
「うん、いいよ」
ハイジくんと本番の打ち合わせをすることも増えてきた。
手招きされる方へ向かい、ハイジくんが手にしているコースマップに視線を落とす。
「顔は上げないままで。話したいことがあるんだ」
「…え?」
何の疑いもなく打ち合わせだと思っていたから、予期せぬ言葉に戸惑いを覚える。
私は言われるがまま、中継地点や区間距離の記されたその地図に視線を留めた。
「昨日御守りくれた人。あの人もしかして、ユキのお母さんなんじゃないかと思って」
想像の範疇を超えたハイジくんの言葉にうっかり大きな声が上がりそうになる。
挙動不審になりそうになるのを堪え、ゆっくりと問い返す。
「何で、そう思うの…?」
「舞ちゃん、ユキの家の事情、知ってる?」
「少しだけ…」
「そうか。ユキの奴、アオタケに来てから帰省してないんだよ。家族の話題も避けるし、自分から話したのは母親と距離を置いているってことくらいだ」
「うん…。それで?」
「それで、思い出したんだよ。入学して少しした頃、アオタケの外から敷地内の様子を伺っている女の人がいて。声を掛けたはいいけど曖昧な返事をして帰って行ったんだ。その時の女の人と昨日の人、同一人物な気がする。だいぶ前だから記憶が曖昧だけど」