第13章 予選会
「ハイジくんだ…!」
まばらに近づいてくる選手たちの中に、ハイジくんを見つけた。
ブランクもあったのに本当に凄い。
今ハイジくんを走らせているのは、絶望から這い上がってきた過去の積み重ねと未来への邁進だ。
思わず感嘆のため息が漏れる。
しかしいつも以上の力を出しているとはいえ、20kmの距離であそこまで苦悶した表情は見たことがない。
「ハイジくーん!!あと50m!!」
チラリとこちらに向けられた視線とぶつかった。
ラストスパートをかけ、それまで競っていた二人を抜き去って行く。
これで寛政大は、あと8人。
数分後、城兄弟とムサくんが通過。
そして…
「ユキくん!!頑張ってー!!」
私に気づいたユキくんが、小さく頷いたように見えた。
踏み出す一歩一歩は大きく、回転も速い。
もう後がないことを理解しているからなのか、今までで一番のタイム。
「行っけーっ!!」
なりふり構わず、喉が痛くなるほど叫んだ。
メンバーはその後、神童くん、キングくん、ニコチャン先輩と続き、最後の一人を待ち構える。
通過した選手たちは、恐らく120〜130人を超えただろう。
王子くん…王子くん…
集団の中から現れるはずの王子くんを祈るように探す。
遠目に黒いユニフォームが揺れて見えた。
近づくにつれてそれが憔悴しきった王子くんだとわかる。
しかし名前を叫ぼうとした次の瞬間、王子くんはその場で嘔吐してしまう。
もうギリギリだ…誰が見ても明らか。
走り終えた途端倒れてもおかしくない。
それでも王子くんは、スピードを落とすことなく先を見据えている。
ゴールした選手はすぐに広場へ移動しなければならないため、今王子くんに声援を送ることができるのは、私と葉菜子だけ。
「もう少しだよ!!みんな待ってるから!!前にーっ!!」
残りの50mは王子くんを追いかけて私も走った。
月並みな言葉しか出てこないし、この声が届いているかもわからないけれど。
寛政大学最後の1人、その最後の瞬間まで、9人分のエールを送らなければならない気がした。
「王子くん!!あとひと息!!」
「頑張ってーっ!!王子さん!!」
葉菜子も声を嗄らして叫んでいる。
そして―――
ゴールラインを踏んですぐ、すべての力を使い果たしたかのように、王子くんの体は地面に伏せてしまった。