第1章 ふわり、舞う
「帰る?少し飲み直すか?」
「うーん。ユキくんとならもう少し飲みたいな」
「あー…、そう?じゃあどの店入ろっか」
私から少し目を逸らしてユキくんは呟いた。
気分を変えようと、さっきとは系統の違うお店を探す。
改めて入った先は小さなカフェ。
原色の鮮やかなファブリックと、点々と間隔を開けて灯るオレンジのライト。
気後れせず入れるけれど大衆的でもない、お洒落な雰囲気。
「可愛いお店だね。何か落ち着く」
「そ?良かった。どれ飲む?」
「じゃあ、カルーアミルク」
「俺はワイン」
二人分のお酒と、おつまみを少し。
店の端のテーブル席で、まったりと飲み始めた。
「合コンでユキくんと会うなんて、ビックリしちゃったよ」
「俺だって」
「本当に抜けてきてよかったの?」
「いいって言ってんじゃん。舞ちゃんと話してる方が楽しいし」
え…本当に?
やだ…すごく嬉しいかも…。
綻ぶ頬をそっと押さえる。
ふいに真面目な顔をしたユキくんが、ワイングラスに目を落とした。
「俺さ…、実は何の為に走るのか、今だによくわからなくて」
「え?」
「ニコチャン先輩に…あの人、陸上経験者なんだけどさ、聞いたんだ。そしたら、走ってる時だけは綺麗でいられる気がすんだって。ダラダラ背負っちまった余計なもんを置き去りにできるんだと。俺にはそういう感覚、まだわかんねぇや」
ユキくんは与えられた練習メニューはちゃんとこなす。
愚痴や文句をこぼしながら。
ハイジくんに悪態をつきながら。
それでも、辞めようとはしない。
「箱根だって、本気で行けるとは思えねぇよ」
「でも、目指す気持ちを否定はしないよね」
「……」
「バカ、とかアホ、とか本気になってんじゃねー、とか。ユキくん口では色々言うけど…」
「え?ディスられてる?」
「茶化さないで」
「…はい」
「ユキくんは箱根を目指してる人たちの気持ちを、本気で否定したりバカにしたりはしない。走ることがどうしても嫌なら、どこかで降りることもできたはずでしょ?でもユキくんが辞めたら9人になっちゃう。寛政大はそこで終わり。辞めないのは、ハイジくんたちのため?」
「それは…」
「仲間が本気で目指しているから。それは、走る理由のひとつじゃないの…?」
「……」
黙り込んだユキくんに、一抹の不安が過る。