第12章 共に見る夢 ―ユキside―
足音がこちらに近づいてくる。
ってことは、一階に自室があるハイジかカケル、ニコチャン先輩のうちの誰か。
軋んだ木の音は扉一枚隔てたすぐそばで止まり、俺の部屋の向かいのドアが開かれた。
「先輩か…」
舞も俺の腕の中でそわそわしている。
「…そろそろ帰ったほうがいいかな」
「何で?」
「私の靴玄関にあるもん。先輩、私がここにいること、気づいたよね?そしたら自分の部屋にいても居心地悪いんじゃ…?」
妙に静まり返ったこの建物の雰囲気は、確かに異様とも言える。
やましいことを想像させてしまうには十分だ。
実際、ちょこっとエロいキスはしていたわけだし。
今後の付き合いもあるし、女の舞からしてみればきっと気まずいに違いない。
しまったな…せめて何か映画でも流しておけばよかった。
「じゃあ、外出るか。で、ついでに先輩に声掛けていけばいいんじゃね? "エッチなことなんてしてませんからねー" ってな」
「最後のひと言はいらないと思う」
スマホと財布、鍵を手にして立ち上がり、部屋のドアを開けた。
するとタイミング同じくして、真向かいから髭面の男が顔を出す。
「あれ。おまえたち出掛けるのか?」
「はい」
「お邪魔してます、先輩」
「ああ。いらっしゃい、舞ちゃん」
先輩の服装はトレーニングウェアだ。
自主練、か…?
「何だよ。夕練までゆっくりしていけばいいのに」
「オンボロアパートじゃ雰囲気出ないっすよ。ゆっくりする時は、どこかに外泊させてもらいます」
「へぇ、そうかい。じゃあまた後でな」
ニヤリと笑って玄関に向かう先輩。
どっちの方面に走っていったのか、俺たちが外に出た時にはその姿は見当たらなかった。
「気を遣ってくれたのかな…」
「だろうな」
生活態度はガサツな癖に空気を読むのに長けていて、こういう気配りは欠かさない人だ。
さすがアオタケの長老…なんて冗談はさて置き、心の中で素直に礼を言う。
今度、差し入れにビールでも買ってこよう。
あまり時間に余裕がないため近くのファミレスに入った。
ゆっくりできたのは、30分程度。
ただそれだけの時間でも、予選会前の休息には十分。
舞がそばにいてくれる喜びを改めて噛み締めて、帰り道は手を繋いで歩いた。