第12章 共に見る夢 ―ユキside―
どんなに優等生でい続けても、結局俺は母親の役には立てなかった。
いつか俺の手で楽な暮らしをさせてやりたい…なんて頼まれてもいないのに一人で気張って、再婚と同時に勝手に目的を見失って。
自分のしてきたことがとんでもないエゴだったのではないかと思えてならない。
ふとある言葉が頭に浮かんだ。
"走っている時だけは、綺麗な自分でいられる"
"背負っちまった余計なものを、置き去りにできる"
ニコチャン先輩が語ったその感覚は、いつしか俺の中にも存在しているような気がする。
体に纏わりついた負の感情が、風と共に消えていくみたいな―――そんな感覚だ。
早く、走りたい。
舞のこともあったし、ここ数週間は特に心の平穏が保てずにいた。
夕方の練習に向けて気合は十分。
オーバーワークにならない程度に近所を走ろうと考えるうちに、アオタケに到着した。
門を跨いだところで、視界の端にある男の姿が目に入った。
正直言って、あんまり会いたくはない人物だ。
「ちわっす。うちに何か?」
「…用事があったのは田崎さんち」
"酒屋の豪ちゃん" だ。
また町内会関係だろうか。
竹青荘の敷地内にある監督の家の前でニラの頭を撫でていたが、俺の姿を捉えるなり立ち上がる。
「あー、あんたにも用事あったわ…」
そう言って小さくため息をつく。
「舞、また練習行くんだってな。あんなことがあったのにまだマネージャーの真似事させるわけ?あんたが舞を大事に思ってないってことがよくわかったよ」
ほんとこいつは…。
自分の気持ちばっかじゃねぇか。
「わかった気になってんじゃねぇよ。そっちこそ舞の言葉に耳傾けたことあんのか?舞のこと大切に思ってるなら、愛情を押し付けるようなことすんな」
「は…?意味わかんねぇ。…次の大会、予選会だっけ?それに通らなければ箱根出場は無理なんだろ?普通に考えてここで脱落だよな。まあ、舞が駅伝に関わるのもこれで終わりか。無名の陸上部が箱根駅伝目指すなんて無謀もいいとこ。どうせ無駄な努力に終わるのに、よくそんなに頑張れるよな、あんたたち」