第12章 共に見る夢 ―ユキside―
急速に高まる感情は、明日まで閉じ込めておかなくては。
舞の元気な姿が見られただけで今夜は満足だ。
「来てくれてありがとう。すっごく嬉しかった」
そんな風に可愛く言われると離れがたくなってしまう。
でもそろそろ舞を休ませないと。
俺も相変わらず朝は早いことだしな。
「また明日。おやすみ」
「おやすみなさい。気をつけてね」
軽く手を掲げ、踵を返す。
路地の角を曲がるまで舞は手を振り続けてくれた。
舞がいる日常が帰ってくることを思うと、自然と胸が沸き立つ。
来る時はのんびり歩いてきた道を駆け出した。浮かれている証拠だ。
思い切り走りたくて堪らなくなった。
はしゃぎたくなる衝動の代わりに。
今朝のトレーニングはみんな特に身が入っていたと思う。
予選会まであと5日。
各々やる気は十分だが、同時に緊張も増しているのがひしひしと伝わってくる。
練習後の無駄口でそれを掻き消しつつ帰路についた。
「あ、ハナちゃんにタブレット渡したままだったな」
「俺らのタイムが記録してあるやつか?」
ハイジは日々の練習内容をノートに記載しているのだが、それとは別にタイムの推移をデータ化しタブレットに残している。
「夕方舞に持ってきてもらうか。LINEしとくわ」
「頼む!今日はちょっと急がないと…ああっ、もうこんな時間だ!」
リュックを片方の肩に引っ掛けると、ハイジは慌ただしく出かけていった。
テレビ局が箱根への挑戦を何校かドキュメンタリーにするらしく、寛政大もその一校として取材を受けている。
その他にも理事長に呼び出されたり、事務的な手続きをしたりとあいつは今色々と忙しい。
俺の方はのんびり準備をして午前中だけ大学で過ごし、昼飯を食ってから家へ帰るため電車に乗った。
こうして一人きりになるとふと頭を過る。
数日前に電話をしてきた、"あの人" のことを。
こちらから連絡を絶ってみても、変わらず俺のことを気にかけているらしい。
もう新しい家庭を持って俺以外に子どももいるんだから、成人済みの息子のことなんて放っておけばいいのに…。
母親が絡むと反抗期真っ只中のガキみたいで、こんな自分が嫌になる。
舞といる時みたいに、優しくいられたらいいのに。