第11章 プレッシャー
王子くんの足は白線を越えたところで動きを止めた。
膝に掌を置き上半身を支え、今にも倒れそうだ。
今私の目に映るのは、脚を震わせながら肩を大きく上下させている姿。
その輪郭はみるみる滲んではっきりとは見えなくなってしまう。
王子くんがラインを踏んだ瞬間ゴール脇の電光が示した数字は―――16分26秒。
公認記録、達成だ。
「舞…っ!」
ユキくんが私の肩に触れる。
喉につかえて声が出てこない。
嬉しい、良かったね、凄い、頑張ったね。
声にしたい感情は沢山あるはずなのに、溢れる涙がそれを言わせてくれない。
私はただただ頷いた。
「王子さぁぁ~んっ!!」
「やったあぁ!!」
「これで全員公認記録クリアだ!!」
「俺たち、予選会出られるぞー!!」
歓声を背にしたまま顔を上げた王子くんは、遠くに視線を送り左の拳を高く掲げた。
その先にいるのは、ハイジくん。
歓喜に沸く声は遠ざかり、一斉に王子くんに駆け寄っていく。
「ほら、俺たちも」
「うん…っ」
手を引いてくれるユキくんに付いて一歩踏み出すと同時に、頬を伝う涙を拭った。
今日の出場者の中で寛政大学のユニフォームを着たただ一人の選手。
華奢な体にアオタケメンバーが代わる代わるハグしていく。
憔悴しきっている王子くんを労いたい気持ちも確かにあるはずなのに、間近で顔を見たら……
「やったなぁ、こいつー!!」
「おめでとう!王子くんっ!!」
二人で勢い良く王子くんの体に飛びついた。
「ぐぅ…ぇっ…、ぐるじ…っ」
私たちにサンドイッチにされた王子くんは小さく呻き声を漏らす。
「お前ならやると思った!」
「王子くん…もうほんっと凄いよ!王子く~ん!ぐすっ…」
「おいおいユキ、舞ちゃん!ちょっと加減してやれ!王子の顔色やべぇ!」
先輩のストップが入ったことで我に返り、腕の力を緩める。
みんなから称賛の声を浴びる王子くんをひとしきり眺めたあと、"彼" の姿を仰いだ。
何かを噛みしめるようにジッとこちらを見つめている。
「ハイジさぁぁーんっ!!」
「予選会、行っくぞぉぉーっ!!」
双子の雄叫びに笑みをこぼし大きく頷いたあと、ハイジくんは王子くんと同じように左の拳を高く上げた。