第11章 プレッシャー
爽やかな秋晴れとなった、この日。
最後の記録会当日―――。
「大丈夫かなぁ、王子さん」
「何かすっげー緊張してきた!」
ページを捲る王子くんを遠目に見守りながら、ジョータくんとジョージくんがそわそわしている。
走る前に漫画を読むのは、彼なりの儀式のようなもの。
"高める" ためだと王子くんは言っていた。
他のみんながウォームアップして集中するのと同じ意味をもつのだ。
「大丈夫ですよ。あんなに厳しいトレーニングをこなしてきたんですから。ね、神童さん」
「うん」
言い聞かせるみたいに双子を宥めるムサくんと、静かに頷く神童くん。
誰も近づこうとはしない。
パタン、と漫画を閉じ、長い睫毛は静かに伏せられた。
「あいつ、表情固いな」
「そりゃ緊張するよ…」
ユキくんの隣で固唾を呑む。
ハイジくんはトラック全体が見渡せる場所で応援すると言って、体育館へ続く階段を昇っていった。
「こういう時、いい具合に力が抜けると自分のペースで走れるんだけどな」
「そういうものなんだ。…あ、ねぇユキくん。これ!どうかな!?」
「なに…、おおっ!いいじゃん!送れ送れ!」
漫画の隣に置いたスマホの着信音に気づいた王子くんが、指先で数回画面をタップする。
一瞬目を丸くしたあと…
「お!笑ってるぞ!」
「よかった!あ、今度は呆れてる…?どうしよ、大丈夫だよね…これで気が削がれるなんてこと… 」
「大丈夫だって。見ろよ」
王子くんは画面をスクロールする手を止め、そこを見つめながら緩やかに目を細めた。
スマホを元の場所へ戻し、軽くストレッチしたあとこちらへ近づいてくる。
こういう時ほど言葉に詰まってしまうのは、私だけではないらしい。
「ちょっといいですか。言いたいことがあるなら、ソレで、ココにどうぞ」
無言でいるメンバーの空気を察したのか、王子くんはマジックを指したあと自分の左腕を差し出す。
ペンを手に取ったカケルくんは、腕の内側にメッセージを書き込んだ。
いよいよ時間だ。
スタート地点へ向かう王子くんと順にハイタッチしていく。
最後に掌に触れたのは、私。
「行ってきます」
小さく、けれども確かにそう呟く声がした。
「行ってらっしゃい」
忘れないで。
一人で走っていても、一人じゃないからね。
みんな、ここにいる。