第11章 プレッシャー
「おーい!待たせたな!」
まるでタイミングを見計らっていたかのように私たちを呼ぶ声がした。
大きく手を振るハイジくんと、その後ろから猫背で付いてくる王子くん。
ユキくんと私はどちらからともなく立ち上がった。
「いよいよだな。最後の記録会」
「そうだね」
次の記録会が寛政大にとってのラストチャンス。
ここを通過できなければ、予選会の参加資格は得られない。
箱根への道が絶たれてしまうということだ。
「王子を信じよう」
「うん」
決して楽な道ではなかった。特に王子くんにとっては。
それでも、人より少しだけペースはゆったりだとしても、前へ前へと進んできた。
華奢で線の細い体。
色白の肌。
女の子にも見える顔立ち。
強靭な男性のような風貌ではないけれど、王子くんには太い芯がある。
正直に言えば、彼の力になれない自分が歯痒い。
せめて私に出来るのは、見守ることと、声援を送ること。
そして、走る姿を目に焼き付けること。
王子くんがゴールラインを踏む瞬間を、みんなで見届けるからね。
「よし、帰るか!今度は俺が運転していこう!」
「ってハイジくんが言ってるけど。どうする?」
「反対!と言いたいところだけど、舞だって疲れてるよな」
「この時間なら恐らく渋滞してますから。むしろ暴走運転できなくて好都合かもしれませんね…」
意見が揃ったところで、帰りの運転手はハイジくんに交代。
名残惜しさを感じつつも車に乗り込んだ。
後部座席から改めて海を臨む。
ガラス越しに見える橙色の空と海原の境界線は不明瞭で、なんだか水彩画のようだ。
風と共に運ばれてくる潮の香り。
絵画ではなく間違いなく本物の大自然なのだと、また感動を覚える。
その雄大な情景が見えなくなってしまうまで、私はアオタケのみんなと過ごした今日までの日々に、思いを馳せた。