第11章 プレッシャー
波打ち際よりもう少し深い場所で戯れていたユキくんが、こちらに向かって手招きしている。
「ちょっと待って!そこまで行くと濡れちゃうから!」
膝下辺りまで引き上げたデニムの裾を更に捲ろうと腰を曲げ、手を伸ばした。
「はーやく!」
「へっ…、きゃあっ!」
ザブザブ水を掻き分ける音とユキくんの声が間近に聞こえたと思った、次の瞬間。
突如訪れた浮遊感と視界の反転。
ユキくんの顔がすぐそこに…
「待っ…てっ!怖い!重い!落ちるーっ!」
モタモタしている姿に痺れを切らしたのか、ユキくんが私をお姫様抱っこしたのだ。
「だいじょぶ、落とさねぇから。…たぶん」
「たぶんじゃイヤ !」
「なんだなんだ、面白そうだな。俺たちもやるか、王子!」
「はい?…っ、うわぁあ!!」
単なる悪ノリ?
それとも私たちが騒いでいる様子が本気で面白そうに見えたとか?
いやいや。恐らく前者だろう。
ハイジくんは勢いよく王子くんを横抱きにした。
「おまえ軽すぎないか?飯の量増やすか」
「間に合ってますぅ~!何で僕がこんな…!下ろしてぇ~っ!!」
「暴れると落ちるぞ?」
ああ見えて意外と王子くんは表情豊かだ。
これでもかと眉間にシワを寄せ、声を上擦らせた。
無理に体を捩れば落下してしまうと懸念しているようで、言葉だけの抵抗に留めその身を委ねる。
人が悪ふざけしてはしゃぐ様は妙に楽しげに映るというもの。
「二人とも!記念に撮っておこう!」
飛沫を上げる海面に落とされるのではないかという先程の不安も忘れ、すかさずカメラを起動させた。
「舞ちゃーん、スマホ落とすなよー!」
「はーい!」
みんなにとっては、束の間の休息のとき。
ハイジくんの子どもみたいな悪戯な笑顔。
お姫様抱っこされながら、渋い顔で文句を言い続ける王子くん。
呆れつつもそんな二人を見守る、ユキくんの横顔。
大切な瞬間を切り取るように、私は三人の表情をスマホのフォルダに残した。
「あ!監督にお土産買うのを忘れた!」
程々に水遊びを楽しんだところで、ふとハイジくんが声を上げた。
「あぁ…あの爺さん存在感薄いからな」
「夏の合宿に誘うのも忘れてましたよね」
そう言えば…と、あとの二人も思い出したように頷く。