第11章 プレッシャー
弾む呼吸を整えながら、王子くんが座っている土手まで降りる。
「自主練?」
「はい。ちょっと休憩を」
膝を三角に折った、いつもの王子くんの座り方。
私も同じ格好で隣に腰を下ろした。
目の前には緩やかなせせらぎ。
晴天ならば、空の真上を目指して昇っていく太陽が拝める時間帯だが、今日は雲に遮られている。
晩夏の爽やかな空気を肌で感じながら、水面のうねりに視線を映した。
「だいぶ涼しくなったね」
「そうですね。舞さんもジョギングですか?」
「あはは…王子くんたちに比べたら全然なんだけど」
「自分で走ろうと決めただけですごいです。僕のスタートは完全に成り行きだったので。ハイジさんに脅されて。それはもう鬼に見えたものですよ」
脅された、なんて何だか物騒な単語を口にした王子くんは、その言葉には似つかわしくないくらい穏やかに目を細めて笑った。
ハイジくんへのこの憎まれ口は、後悔したり恨んだりしているわけではないとすぐに見て取れた。
「始まりはそうだとしても、今は王子くんの意志…だよね?」
「正直、今も走るのは好きじゃないんです」
一見後ろ向きなその発言に、声が詰まる。
ひと時息を呑んで待ってみると、王子くんはその先を繋げた。
「でも、辞めたくない。1人の "瞬間" があるだけで、1人きりじゃないから。逃げ出したいなんて頭を過ぎってみても、みんなと走る時間を意味のないものにはしたくない。
走らされてるのに走りたい、なんて。こんなあべこべな感情は初めてです」
「ハイジくんの陸上愛に影響されちゃった?」
「そうかもしれません。ハイジさんやカケルの変態的な思考に毒されたのかも」
思わずこぼれた二つの笑い声が、重なった。
「10人だから、ここで辞めたくはないです。
……あ。違いました。10人じゃないですね」
「え?」
「12人、でした。舞さんと、ハナちゃんも」
「……ありがとう」
公認記録全員達成まで、あと王子くん一人。
ずっと、妙な慰めや励ましは口にしないでおこう…と決めていたけれど。
王子くんの気持ちをここまで聞いてしまったからには、いつもどおりではいられない。