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淡雪ふわり【風強・ユキ】

第11章 プレッシャー



3日前の記録会。
王子くんは確実にタイムを縮めているにも関わらず、公認記録には届かなかった。
これでチャンスはあと2回。
のしかかるものは日を追うごとに大きくなっているようで…。
その日以来、明らかに王子くんの口数は少ない。


「別の道行くか」

「え?」

「一人で黙々と走りたい時もある。心の雑音すら聞こえないくらいにな」

「……うん」


私一人だったら呼び止めていたかもしれない。
ここまで走ってきたユキくんだからこそ、汲み取れる気持ちもあるのだろう。
ユキくんに促されるまま、今日はいつもとは違う道から帰ることにした。




その週の日曜は、日の出直後から曇天だった。
私の日課のひとつに天気予報のチェックがある。
朝と夕方の練習に備えるためだ。
アプリの情報によると、どうやら午後からは雨の予報。
朝練は難なくこなせたけれど、夕方の練習へは雨具を纏った完全装備で向かわなければならないらしい。
アオタケのみんなは悪天候に慣れるという意味も含め、雨であろうとトレーニングに励む。
箱根の本番が晴天になるとは限らないのでそれも頷ける。

ただ素人の私が走る場合、そこまで自分を追い込めるわけもなく…。
雨が降り始める前に今日は一人でジョギングを済ませることにした。


ミントグリーンのランニングシューズを履き、ストレッチをしてから家を出発する。
日曜日の午前中ということもあって商店街の人通りは多い。
その波をくぐり抜け、多摩川沿いの道を走る。
毎朝自転車に乗り、風を切って進む場所。
まさかこの土手を自分自身の足で走るようになるなんて、みんなと出会った頃の私には想像すらできなかった。

残暑の名残が漂いつつも、風は清涼。
いつもより軽やかに動けるような気がしてスピードを上げた時。

"彼" が土手の斜面に座っている姿を捉えた。


王子くんだ―――。


髪をひとつに束ね、ヘアピンで前髪を上げているそのスタイルは王子くんが走る時の格好。

自主練かな…。

先日ユキくんが言ったとおり、今は無闇に踏み込まないでおくことも優しさ。
きっと王子くんなりに思うところがあって多摩川まで走ってきたわけだし。
そう自分を納得させて静かに駆け出そうとすると…


「舞さん?」


あっさりと王子くんの方から声をかけてきてくれた。


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