第11章 プレッシャー
「もちろん低学年くらいの話だぞ?後からわかったんだが、そのお母さん17歳で出産したらしくて。若くて綺麗な人だったんだよ」
「だとしても!友達の親のことそういう目で見るか!?この変態が!」
「そういうもんなのか。じゃあ変態なのかもしれないなぁ。ははっ」
台詞と顔面が伴っていないような気がする。
そんな爽やかな笑顔かつ清々しい口調で変態を受け入れられても…。
以前ユキくんがハイジくんのことを "残念イケメン" 呼ばわりしていた理由が、今日ほんのすこーしだけ、理解できてしまった…。
「ふっ…」
騒がしいやり取りの中、私の耳を空気が漏れるような声が通り抜けた。
肩を震わせている主は、疲労困憊なはずなのに堪えきれない笑みを浮かべていて…。
「どうしたの?王子くん?」
「いえ。いつもどおりだなって」
「え?」
「さっきまで必死に走ってたのが嘘みたいでしょう?アオタケの食卓にいるような気分ですよ。しょうもないことであーだこーだ言い合って」
「…うん」
穏やかな声色とほんのり下がった目尻。
一見ふざけた言葉の掛け合いが、これまでの王子くんに安らぎをもたらしていた証だと見て取れる。
きっと錘がのしかかった心を掬い上げてくれるくらい、日常に馴染んだ光景。
ゴール直後の沈んだ表情から一転、今私の横には普段と何ら変わらない、程よく力の抜けた王子くんがいる。
「頑張ります。できる限り」
「うん。頑張ろう」
淀みのないその言葉は私にまで潤いをくれた。
王子くんがただただ前を見据えているのに、私が後ろ向きな気持ちになっている場合ではない。
また明日、王子くんは走る。
明日が終わったらまた次の日も。
そうして積み重なった先に、きっと王子くんの願うゴールがある。
私はその願いが叶うと信じて、いつもどおりに。
剥き出しにはしないけれど十分に伝わってくる、王子くんの熱意。
私も頷いて視線を通わせ、微笑み合った。
「「!?」」
そんな私たちの間に、突如ユキくんの手刀が割って入る。
「ちょっとユキくん…!ビックリするじゃない!」
私と同じく、驚いて仰け反る王子くんの体。
その華奢な肩に腕を回し、ユキくんはガラ悪く絡み始める。
「王子さんよぉ。先輩の女に手ぇ出したら、お前の部屋の漫画たちがどうなるか。わかってるよな?」