第10章 ただ、好きなだけ ※
「そっち、行っていい?」
静かに放たれた声に顔を上げる。
そこにあるのは、いつも私の鼓動を乱す色気のある瞳。
「こんなに離れてると、舞の顔見えねーし」
そうだ…。
ユキくん裸眼だとろくに周りが見えないって言ってた。
鶴の湯みたいな大浴場では、危ないから眼鏡をかけたままお風呂に入るのだとか。
「うん…」
小さく頷いてからほんの数秒置いて、ユキくんが近づいてくる。
真っ白な泡の中からゆったりと持ち上げられた腕が、私の背中に添えられた。
「…っ」
思わず声が上がりそうになるその合間に、もう片方の手はウエストに落ち着く。
こうしてユキくんに抱き締められたことは、もちろん初めてではない。
そのたびに胸の拍動が大きくなって、息が苦しくて。
でも今は、これまでユキくんに触れられたどんなときよりも自分自身の体の変化に戸惑う。
鼓動が煩くなるのと同時に、芯からゾワゾワと何かが駆けのぼってくるような感覚。
理由は明白。
素肌に触れられたのは、これが初めてだから―――。
「ずっと舞とこうしたかった。いつも隣にいるのに、触れる時はキスまでで…」
「うん」
「あ、キスだけが不満だったってことじゃねーよ?」
「わかってる」
「日を追うごとに舞が欲しくなって…欲しくて、欲しくて、欲しくて…堪らなかった。舞を、もっと… 」
「……」
ユキくんは裸の胸元に私の体を引き寄せた。
「これじゃあただヤりたいだけの男に思える?よな…?
そうじゃねぇんだよ。そうじゃなくって…」
「ううん、そんな風に思わないよ、私も同じだもん。ユキくんをもっともっと知りたいし、ユキくんを独り占めしたい…。私だけ、見ていて欲しい…」
「見てるよ。舞だけ。舞しか見えてない」
蕩けるようなキスが降ってくる。
泡風呂の中のお湯が、ぬるりと肌を滑っていくのと似ている。
絡まった二つの舌は絶え間なくうごめいて止まらない。
こんなに激しく快感を与え合うようなキス、私自身がしていることに驚いてしまう。
示し合わせたわけではないのに、当然のようにただただキスに溺れて…
「はぁ…っ」
ようやく唇を浮かせた時には、私の腕はユキくんの首にしがみついていた。