第10章 ただ、好きなだけ ※
「おお!すげぇな!泡風呂初めて!」
「ほんと?私もなの」
「家でもこんなの作れんのかな?」
「どうだろう?ジェットバス使ったけど」
「まあオンボロのアオタケの風呂で泡風呂もねーけどな」
平静を装って、いつものように会話する。
ボディソープのポンプを押す音や、シャワーを流す音、絞ったタオルからお湯が滴る音。
耳からの情報だけでも、ユキくんの動作は何となくわかる。
「舞、こっち向けば?」
「え、でも…」
「隠してるから安心してどうぞ」
「…はい」
ゆっくり振り向くと、ユキくんは泡立てたシャンプーで髪を洗っているところだ。
緊張する…。
視界に映り込むユキくんの上半身は、細身だけれどもしなやかな薄い筋肉を纏っている。
高校時代は剣道で県大会まで出場したらしいユキくん。
この身体は昔からの鍛錬の賜物だろう。
まさに文武両道。天は二物も三物もユキくんに与えている。
視線が下に行かないよう、意識的にそこから顔までを順に見上げた。
スポーツマンらしい体の上に伸びる細長い首。
尖った顎からツンとした鼻のライン、長い睫毛。
ユキくんって不思議だ。
決して中性的な顔立ちでも体つきでもないのに、繊細な女性のような色っぽさが見え隠れする時がある。
それでいて、男らしくリードしてくれたり、紳士的な気配りをしてくれたり。
かと思えば口は悪いしチャラい発言もするし。
どれも本当のユキくんだけど、ユキくんの全てではないはずで。
欲張りだな、私。
この人の全部を知りたい、なんて。
「…あんま見られてると照れる」
「はっ…、ごめん!」
ただ見ていたのではなく、目が離せなかった、と言う方が的確なのだけど。
ユキくんにとってはどちらにしたって気まずいよね…。
シャワーでシャンプーを洗い流したあと、額に張り付いた髪を掻き上げてユキくんは立ち上がる。
「入っていいか?」
「うん…」
咄嗟に真下の泡に視線を固定した。
ユキくんの体を見てしまわないように。
雲みたいな白い塊が大きくゆらゆらと波打つ中で、ユキくんは胸辺りまで体を沈めた。
「……」
どうしよう…どうすれば…?
何を話していいのかも、どこを見ていていいのかもわからない。