第10章 ただ、好きなだけ ※
「なってないよ、泣きそうになんて!でも…」
「…何?」
「私、こういうことあんまり慣れてなくて。冗談かそうでないかもピンと来ない…」
包み隠さず全て話すのもどうかと思うから言わないけれど、私が経験したのは今まででたった一人だけ。
要するに、その人とのセックスしか知らない。
あまりに経験も知識も足りなくて、ユキくんの言葉に不安になってしまったのは事実。
「ごめん」
小さくそう言ったユキくんは、私を抱き締めて耳元に唇を当てる。
さっきみたいに私に快感を与えるためではなく、大切な言葉を届けるための触れ方。
「舞が嫌がることはしねーから。絶対に。約束する」
「……うん」
「ごめんな。変な冗談言って」
「もう大丈夫。本当に」
目の前にある切れ長の瞳を見つめて笑えば、ユキくんもホッとしたように微笑んだ。
「何か飲む?喉乾かねぇ?」
「あ、うん。飲みたい」
冷蔵庫へ向かうユキくんを横目に、大きく息を吐いてソファーに座った。
不安は幾らか和らいだものの、緊張感は変わらない。
経験が少ないことを告白してしまったばかりに、今度は面倒に思われたんじゃないか、なんて。
ああ、まただ…。
ダメ!マイナス思考禁止!
ユキくんが私の隣に腰掛けた。
冷えたミネラルウォーターを一本差し出したあと、私の手を取ってキュッと握る。
夕方お願いしたとおり。
今日は、ずっと手を繋いでいてくれる。
でもこれは、約束したからとかそういうことじゃない。
きっと、私が安心できるように。
ユキくんは本当に優しい。
今夜のデートだっていっぱい楽しませてくれた。
二人で過ごした時間を思い返してみても、私への気遣いに溢れていて。
貰うだけじゃなくて、私も何かユキくんが喜ぶこと、してあげたいな。
水分で喉を潤したあと、一人脱衣所に篭った。
先にシャワーを使っていいと言ってくれたから、お言葉に甘えて。
服を脱ごうとワンピースのボタンに手を掛けた時、目に留まったのは、洗面台の脇の入浴剤。
そこで私は、あることを思いつく。
「ねえ、ユキくん」
「あ?まだ入ってなかったのか?」
テレビのニュース番組を見ていたユキくんは、こちらを振り返る。
「うん。あのね…。一緒に、入らない?」