第9章 夏の星座 ―ユキside―
風呂が空き次第、ダッシュかつ念入りに体を洗い、舞が洗濯してくれたTシャツに袖を通す。
みんなが寝静まった頃。
俺たちは、夜の湖畔にやって来た。
「すごい星…」
「な。プラネタリウム行き損ねたから。舞と見たかったんだ」
湖を見渡せる場所に置かれたベンチに腰掛け、空を仰いだ。
暗い湖面の上に瞬く、煌びやかな星。
天を覆い尽くす幾千の瞬きは、こぼれ落ちてきそうなほど光を放っていて息を呑む。
舞と以前約束したプラネタリウムには行きそびれてしまったが、ここに広がるのは作り物ではない、本物の星空。
静かな夜だ。
風は優しく、人の気配どころか昼間悠々泳いでいた水鳥もどこかへ姿を消してしまった。
二人黙ったままでいると、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る。
舞と出会ったのは、まだ春の花が咲く麗らかな時季だった。
第一印象は、結構可愛い子だな…って程度だったと思う。
次第に見えてきた人柄は、穏やかで気も遣える代わりにハッキリ人を拒否するのが苦手。
知れば知るほど癒やされたり、放っておけなくなったり、その素直さ故のセリフにこっちが照れてしまったり。
要は、舞に惹かれるのに大した時間はかからなかったということ。
今まで何人かの女と付き合ったけれど、こんな風に特別な時間を共有してきた彼女は初めてだ。
まだ大学生だというのにデートどころではなく、同じ目標に向かって足並みを揃えて。
きっと舞じゃなければ、とっくに振られていたに違いない。
「前にさ、舞が言ったこと、覚えてるか?本気で箱根を目指す仲間がいるのは、走る理由にならないのかって」
練習を始めた頃。
まだ走る理由を明確にできずにいた俺が、舞によって気づかされた言葉だ。
「覚えてるよ。ユキくんに偉そうって言われた!」
「あれは冗談。ていうより、何かすげー刺さったんだよな」
「刺さった?」