第1章 Under the Cherry
薄く開いた視界の中、さらりと黒い髪が風に舞った。
覚醒していく意識とともにその姿は次第にあらわになる。
「え……」
喉からかすれた声がもれた。
やっと声が出た、と驚くよりも先に目の前に映しだされた姿に釘づけになる。
白い装束に、割れた仮面。首元に覗く孔。
それは
ヒトであって
ヒトでないもの
「破面(アランカル)……?」
「こんなところで昼寝とはな。ずいぶん気の抜けた死神もいるものだ」
静かに響いた低音に、今度こそはっきりと目が覚めた。どうやらもう夢ではないらしい。
「……本物?」
「偽物などいるのか」
放たれた声に抑揚はなく。独特の白装束に身を包んだその男は、虚を思わせる仮面の下から冷ややかな翡翠(ひすい)の瞳を覗かせていた。
――本物だ。本物の破面だ。
虚(ホロウ)の面を剥ぐことにより生まれた異端の存在。叛徒・藍染惣右介の元へ集い、その志のためならばどんな殺戮をも厭わないという。
故に尸魂界からは滅却すべき魂として位置づけられている――言わば宿敵。
「敵を前にして斬魄刀も構えないのか」
呆然と立ちすくむ姿はよほど隙だらけだったのか、破面の男が問いかけてきた。
至極もっともな問いだと思う。が。
「構えたほうがいいの?」
沙羅は真顔で聞き返した。
なぜならこの破面の男からは全くと言っていいほど殺気が感じられなかったから。
そもそも目の前で寝こけていた時点で死んだも同然だ。
相手がその気なら、沙羅はあのまま一度も目覚めることなく消滅していたに違いない。
それを思えば今さら斬魄刀を構えたところで意味はない、そう考えていた。