第1章 Under the Cherry
どうやら本当に戦意がないらしい破面に、沙羅は内心でほっと息をつく。なんにせよ、無駄な争いを避けるに越したことはない。
「破面がどうして現世にいるの?」
「答える必要はない」
「……それもそうね」
と一度は頷いたものの沙羅はすぐに「あ」と声を上げて。
「せめてここになにしに来たのかだけでも教えてくれない?」
「知ってどうする?」
「だって、ほら。ひょっとして私、捕まえられちゃうのかなって思って……」
頬をかきつつ見上げれば破面の男は疲れたように嘆息した。
「こんな場所で昼寝をするような死神を捕らえたところでなんの利もない。かえって荷物になるだけだ」
「……そんな言い方しなくても」
「言い足りないか?」
「十分です」
むっと眉をしかめてそう言ってから、いつのまにか緊張を解いている自身に気づく。
破面と呼ばれる存在と直接対峙したのは初めてだが、抱いていた人物像とは全くかけ離れていた。
まさかこんな風にまともな会話が成り立つ相手とは思ってもみなかった。
だからかもしれない。
初対面の、しかも立場上は敵として位置づけられている相手を前に、こんなにも気が緩んでしまうのは。
そこまで納得しかけて、ふと引っかかった。
……本当に、それだけ?
「――おい」
「……えっ! あ、ごめんなさい、なに?」
「おまえは散々邪魔をしておいてまだ居座るつもりか?」
「え?」
言われた意味がわからずぱちぱちと目を瞬く。
「いい加減俺の場所を返せと言っている」
「俺の場所?」
男は白い手ですっと上方を指差した。
その先を目で追うと、桜の大木のほぼ頂上近くに、ちょうど人ひとり分横になれそうなくらいの太い幹が見えた。
「……この辺りで一番高い場所だ。町全体を一望できる」
なるほど、あの高さならさぞ眺めも良さそうだ。つまりはそこが「彼の場所」――なのだろう。
と、いうことは。
「もしかして、私……すごく邪魔してた?」
「ああ」
取りつく島もない返事をさらりとよこした男に、沙羅は小さくなって首を引っこめた。