第1章 Under the Cherry
空座町の外れの森の奥にある公園には、樹齢数百年はあろうかと思わせる巨大な桜の木がひっそりとそびえ立っていた。
枝にはちらほらと蕾が芽生えていて、開花の時期が近づいていることを知らせている。この桜の蕾が満開となる日もそう遠くはないだろう。
別にこの場所を選んで来たわけじゃなかった。
ただなんとなく。どこに身を隠そうかと高台から辺りを見渡したときに、ふと目に止まったのがこの一本だけとびぬけた桜の木で。
そこからは半ば無意識のうちに足を運んでいた。
「ここなら誰も来ないよね」
辺りに人の気配がないのを確認して、太い幹の根元にゆっくりと腰をおろす。
下から見上げるともう頂上は確認できないほどの高さで、本当に大きな木なんだ、と思いながら沙羅はふと違和感を覚えた。
……なぜだろう。
初めて訪れた場所なのに、どこか懐かしい。
まるでずっと前からこの場所を知っていたかのような――そんな感覚。
不思議な感覚に身を委ねて瞼を閉じると、葉と葉の間から射しこむ木洩れ日が心地良くて眠気を誘った。
さわさわと木の葉を揺らす風に吹かれているうちに、気づけば沙羅はまどろみの中に落ちていた――……
夢を見た。
誰かの声が聞こえる。
それはひどく哀しい声。
必死に私の名を呼んでいる。
応えようと口を開いても、声が出ない。
どんなに喉に力をこめても、音にならない。
その間も声は私を呼びつづけている。
大丈夫、私はここにいるよ。
あなたの声はちゃんと私に届いてるよ。
だからお願い。
そんなに哀しそうな声で
私を呼ばないで――