第8章 Cold Rain
春の雨は忘れかけた冬の寒さを思い起こさせるように冷たく降りそそいだ。
斬魄刀の切っ先を、雨とともに赤い雫が伝い落ちていく。
「……なんで」
斬魄刀の刃をその首筋にあてがったまま、沙羅は低く呻いた。
「なんで避けないのよ……」
白い首元には薄く線が引かれ、その下から鮮やかな赤が滲む。
本気だった。本気で斬るつもりだった。それは彼もわかっていた。
鋼皮(イエロ)と呼ばれる十刃の肌を切り裂くほどの威圧をこめて振り抜いた刀。しかしウルキオラは一歩たりともその場を退かなかった。鋭い刃が首筋に触れ、その肌に食いこんでもなお。
「……おまえの好きなようにしろ。おまえに斬られるのなら、思い残すことはない」
首筋に触れる冷たい刀身に顔を歪めるでもなく、ウルキオラは淡々と語る。
わからない。
迷いのない瞳でそんな台詞を吐く彼がわからない。
「どうしてそんなこと言うの……。私を……騙してたんでしょ? 最初からこうするつもりで――」
「違う……」
「私に近づいたのも、全部……死神の動きを探るために……!」
「違う!」
「じゃあどうしてっ!」
沙羅の前でウルキオラが声を荒らげたのは初めてだった。
だが今はそれすら気にとめない。ただ自分の感情を抑えつけるのに精一杯で。
「殺せばよかったのに……。みんなを斬ったように私のことも斬ればよかったのに!」
そうすれば、この焼けただれるような胸の痛みを知ることもなかった。なのに。
「どうして……あんなに……」
パシャン、と音を立てて斬魄刀が水溜まりに沈む。空いた掌で沙羅はゆっくりと顔を覆った。
たくさん話を聞いてくれた。
頷いて、笑いかけてくれた。
温もりをくれた。
決して相容れぬ相手だとわかっていても
気づけば彼はいつも心の中にいた。
決して叶わぬ想いだとわかっていても
それでも、私は
気づけば彼に焦がれていた――