第8章 Cold Rain
ひどく緩慢な動きで沙羅は顔を上げた。その先の表情を確かめるように。
「……何言ってるの?」
聞き違いではない。それでも、今自分が耳にした言葉はあまりに理解しがたいものだった。
前髪から流れ落ちる雫を拭いもせず、ウルキオラはまっすぐに沙羅を見つめ返している。苦しげに細められた翡翠の瞳で。
「そんなわけない……。あのとき現れたのは十刃だって……」
首を振る沙羅の目の前で、彼の左手はゆっくりと自身の装束の胸元を開いていく。
はだけた左胸。
心臓の真上に刻まれた数字は
『4』
息を呑んだ。
力の入らない手でその胸を押し返せば、背中に回されていた腕は呆気なく解かれた。
「……十刃……?」
ガタガタと全身に震えが走る。それが雨に打たれているせいなのか、それとも身体の奥底から湧き上がる言い知れぬ恐怖によるものなのか、自分でもわからずに。
「嘘……」
ふらりと後方によろめけばその身を案じるように伸ばされた手を跳ねのけて。
正否を問うように揺れる眼差しを向けるとその瞳はやはり苦しそうに歪んだ。
嘘。そんなの嘘だ。
もしも彼が今首を振って「冗談だ」と言ったなら、自分はそれでも信じるだろう。「性質(たち)の悪い冗談はやめて」と咎めながら。
「おまえによく似た……長い髪の娘だった」
お願い。
どうか嘘だと言って。
「最期に……おまえの名を呼んでいた――……」
――私、草薙副隊長のような強くて優秀な隊士になることが夢です!――
副隊長昇格の折、無邪気に言い放った少女の笑顔が、はっきりと甦った。