第8章 Cold Rain
至極明るく言ったつもりだったが、それでもウルキオラの表情は硬くこわばったままだった。それどころか、赤く腫れあがった目で笑う沙羅に一層瞳を曇らせる。
「……どうしたんだ」
わずかに掠れた声でウルキオラは問うた。
こんなに弱々しく言葉を紡ぐ彼を沙羅は初めて見た。
なんでもない、では納得しないだろうなと思う。
一度唇を結んでからゆっくりと口を開く。
「……ちょっとね……辛いことがあったんだ」
二週間前の任務のこと。あの天真爛漫な少女のこと。
それらを震える声でウルキオラに話しながら、その中で沙羅は小さな嘘をついた。
少女たちを襲い命を奪ったのは
『破面』ではなく、『虚』だと。
それで何が変わるわけでもないが、破面だと告げることはどうしても躊躇われた。遠回しに彼を責めることになってしまいそうで。
そんな沙羅の話を、ウルキオラはじっと押し黙って聞いていた。
「私……護ってあげられなかった」
自分があともう少し早く駆けつけていれば。
二体もの十刃を打ち倒すことはできなくとも、隊士たちを連れて退却することは十分に可能だったかもしれない。菜月を……救うことができたかもしれない。
思えば任務の前、少女は自分にこう問いかけたではないか。「虚や破面に接触した場合はどうするべきか」と。
それが今になって死を前にした菜月が密かに発してくれていた警鐘のように思えて、それにも関わらず警戒を怠った自分があまりに不甲斐なく、悔しかった。
そんなことを今更悔やんだところで何も戻ってはこない。頭ではわかっていても、自分を許すことはできなくて。
「護って……あげたかった」
自分でも驚くほどポロポロと言葉がこぼれた。胸の奥に閉じこめて誰にも言えなかったはずの言葉の数々が、彼の前では堰(せき)を切ったようにあふれでた。
そう、本当は
ずっと誰かに聞いてもらいたかった。
ずっと誰かの前で泣きたかった。
そしてその誰かにあてはまる人物はたったひとりしかいなかった。
「……ウルキオラ……!」
こらえきれず、その胸に額を押しあてた。ウルキオラは何も言わずに受け止める。
その温かさに安堵して、沙羅はただひたすらに泣いた。
これまで誰の前でも見せられなかった涙を全て洗い流すかのように。