第7章 You Can Cry
桜の下で揺れる薄茶の髪に、咄嗟に息を殺して身をひそめた。
木陰からじっとその姿を確認する。
……間違いない。沙羅だ。
久しぶりに目にした姿に、無意識のうちに安堵の息がもれる。
その横顔はなにを思っているのか――桜の枝を見上げて切なげに歪んでいた。
思わず声をかけたくなって、すんでのところでこらえた。
……だめだ。俺にそんな資格はない。
だが、次の瞬間信じられない声がウルキオラの耳を貫いた。
「……ウルキオラ……」
祈るように
願うように
小さく呟かれた己の名。
まるで心臓が鷲掴みにされたかのような感覚が突きぬけた。
まだ出逢って間もない頃、「名前に意味などない」と吐き捨てたウルキオラに対し、「呼ぶ人が気持ちをこめれば、意味のあるものになる」と笑った沙羅。
だとしたら、今何度も繰り返し紡がれるその名にはどんな想いがこめられているのか。
それを語ることなく呼び声は嗚咽に変わり、嗚咽は悲痛な叫びに変わった。桜の幹に額を押しあてた沙羅の頬を幾筋もの涙が伝う。
一体どれほどこらえていたのか、流れ落ちる涙はいつまでも枯れることはなく、それとともに呼ばれる自分の名にウルキオラは胸が引き裂かれそうな痛みを覚えた。
できることなら――今すぐ抱きしめたい。
この腕の中にかき抱いて、好きなだけ泣かせてやりたい。
だがそう思う心とは裏腹に体は一歩も動かなかった。
彼女の仲間を手にかけた俺が
その仲間の死を悼んで泣く彼女に、なんと声をかけろと?
もうこれ以上近づくな。
余計に傷つけるだけだ。
こうしてひとりで涙を流す彼女を、遥か彼方の時から知っている。
……同じだ、あの頃と。
俺は、今も昔も、あいつを苦しめてばかりいる――……