第7章 You Can Cry
現世に降りたのは例の任務以来だった。
あの日、グリムジョーとともに虚圏へ帰還し報告を終えたウルキオラに、彼らの主はふと首をもたげて問いかけた。
「どうしたんだいウルキオラ? 顔色が優れないようだ。具合が悪いなら医療隊に診てもらうといい」
「いえ……問題ありません」
表情ひとつ変えずに首を振るが、藍染は憂いの表情を浮かべて続ける。
「無理をすることはないよ。君は大事な戦力だ。ここ最近君には任務を与えすぎたかもしれないな。少しの間休むといい」
「……はい」
主の提案に異を唱えるでもなく、ウルキオラは頷いた。
働けと言われればいくらでも働くし、休めと言われれば休む。それが配下たる自分の務めであった。
そうしてしばしの休暇が与えられたものの、なにをするでもなくただ自宮で時間が過ぎるのを待つばかりだった。
無論、脳裏に浮かぶのはただひとり。あまりある時間は余計に彼女を思い起こさせる。
沙羅は今どうしているのか。
あのあと、もの言わぬ塊となり果てた仲間の姿を見てしまったのだろうか。
沙羅は――……
そこまで考えて失笑した。なにを今更、と。
あの少女を斬った感覚は今も手に残っている。全身に浴びた返り血の生温かさが張りついて消えない。
沙羅が今、どれだけ傷つき、どれだけ嘆いていたとして。
その原因を生みだした張本人である自分になにができる?
あのとき、虚の本能に駆られて刀を振りおろした俺は
舞い上がる血飛沫に確かに悦びを感じていたというのに――
ざわっと黒い影が迫ってくるのを感じてウルキオラは寝台から飛び起きた。
あのときと同じ……自分が自分でなくなるような、そんな感覚が身を包む。
汗の滲んだ額を押さえると、ふっとあの桜の頂上から眺める景色が頭をよぎった。
……あそこに行けば少しは心が休まるかもしれない。穏やかな町並みはきっと平穏をもたらしてくれる。
そう、あくまで自分のため。
決して彼女に逢うためではないのだと言い聞かせながら、ウルキオラは現世への道を辿った。
そうして二週間ぶりに訪れたあの公園で
桜の前にひとり佇む彼女を見つけたのだった――